【深堀り解説】フィジカルAIをめぐる世界大競争。電力需要への影響は?

· 電力,AI,トップ

今月6~9日に米国ラスベガスで開催されたCESでは、フィジカルAI」が話題の中心になりました。フィジカルAI」とは、大規模言語モデル(LLM)などのデジタル空間上の知能が、現実の物理空間において高度な自律性と動的な身体制御を獲得した状態を指します。

もし、フィジカルAIが普及すると、電力システムへの影響も少なくないと考えます。そこで、開発競争の現状をまとめて、その電力需要への影響を考えてみます。

Section image

1. ボストン・ダイナミクス

ボストン・ダイナミクスはCES 2026でとりわけ注目を集めていました。同社は、1992年にマサチューセッツ工科大学(MIT)からスピンオフする形で創立されました。その後、Google(Alphabet)、ソフトバンクグループを経て、2021年にヒョンデ(現代自動車)に買収されました。

今回の出展は、ヒョンデのブース内で行われましたが、単なる展示にとどまらず、いよいよ研究段階から実用・量産段階へとフェーズが移ったことを強烈に印象づける内容でした。

新型(電動)Atlasの完成度

会場では、以前の油圧式から完全に脱却したオール電動式Atlasが公開されました。

挙動性能: 中国勢をはじめとする数多くのヒューマノイドが並ぶ中、Atlasは床に倒れた状態から関節を人間には不可能な方向に回転させて起き上がるなど、電動アクチュエータの制御精度とトルクの高さを見せつけていました。

製造能力: 親会社の自動車製造のノウハウを注入し、部品の標準化を進めることで「量産」を前提とした設計であることを示しました。

フィジカルAIの実装とDeepMind

今回の目玉は、ハードウェア以上に「知能(ソフトウェア)」にありました。それは単なるLLM(大規模言語モデル)のような画面上でのものはなく、現実の物理空間(フィジカル)で複雑なタスクを自律的に遂行できる知能を指します。

世界理解の深化:予め決められた動作を繰り返すのではなく、センサーを通じて周囲の物理法則(重力、摩擦、物体の硬さなど)をリアルタイムで理解し、人間のように臨機応変に動く能力です。カメラで物体を認識し、その形状や重さに合わせて動的に把持・運搬を行う様子が披露されました。

Google DeepMindとの提携:2024年後半から、GoogleのAI部門「DeepMind」と提携し、Atlasなどのロボットに高度な視覚と言語の理解、および推論能力を組み込む開発を加速させています。

ロボティクス部品市場への本格参入

ヒョンデグループ全体としての動きも鮮明になりました。

アクチュエータの標準化: グループ内の現代モービス(Hyundai Mobis)と連携し、高性能アクチュエータなどのロボティクス主要部品を「外販」する計画が発表されました。これは、世界中のロボットメーカーに対して「心臓部」を供給する立場を狙う、極めて戦略的な動きです。

2026年「出荷開始」

CEOのロバート・プレイター氏は、2026年中にも特定のパートナー企業(まずはヒョンデの工場)向けにAtlasの出荷を開始すると発表しました。これにより、2028〜2029年の数万台規模の普及に向けたカウントダウンが本格的に始まった形です。

ヒョンデの事業計画

ヒョンデは、2028年までに、年間3万台のロボットを製造できるスケーラブルな生産拠点を確立する計画です。

主力モデル「Atlas」の製品化:2024年に発表された新型(オール電動式)Atlasがその中核です。油圧式から電動式に切り替えたことで、量産適性が飛躍的に向上しました。

最初の導入先:2025年から2026年にかけて、まずはヒョンデの自動車製造工場(韓国や米国のジョージア工場など)に実戦投入し、そこで得たデータをフィードバックして、2020年代後半には外部の物流、製造、さらには商業施設へと展開を広げる狙いです。

RaaS(Robots as a Service)による普及戦略

3万台という膨大な数を市場に供給するため、ヒョンデは単なる「売り切り」ではないビジネスモデルも準備しています。

サブスクリプションモデル:高価なロボットを導入する障壁を下げるため、月額料金でロボットとAIソフトウェア、メンテナンスを提供する「RaaS」を本格化させます。

デジタルツインとの連携:工場全体を仮想空間でシミュレートし、AIロボットが最も効率的に動ける環境を事前に構築してから実機を投入するシステムを推進しています。

2. テスラやその他米国勢

一方、テスラのOptimusも、開発にしのぎを削っています。

イーロン・マスク氏は2026年までに数千台のOptimusを自社工場に投入し、2020年代後半には外部販売を開始するとしています。

テスラの強みは「自社で世界最大級のAIスパコン(Dojo)とFSDデータを持っている」ことであり、ハードウェアだけでなく「脳」の性能で韓国勢を引き離そうとしています。

パブリックセクター(NASA/DARPA): NASA: Apptronik社と提携し、ヒューマノイド「Apollo」を開発。宇宙空間だけでなく、地上での商用化を支援しています。

DARPA: 災害救助や危険物処理の文脈で、軍事・公共インフラ向けの自律型ヒューマノイドに多額の予算を投入し続けています。

新興勢(Figure AI / 1X): OpenAIやNVIDIA、Microsoftが巨額投資するFigure AIは、すでにBMWの工場(米国サウスカロライナ州)で実証実験を開始。OpenAIが「脳」を提供し、ハードを米系新興が担う連合体を形成しています。

3. 日本のAIロボティクス戦略

日本企業も負けていません。

例えば川崎重工業が開発するヒューマノイド「Kaleido(カレイド)」や、ホンダが長年のASIMO開発で培った知見を投入する「Hondaアバターロボット」が、ボストン・ダイナミクスのAtlasに比肩する物理的性能を目指しています。

一方、日本政府(経済産業省)は、2025年10月に「AIロボティクス戦略の方向性」を公表し、今年3月までに最終戦略を策定する予定です。

政府はこの「AIロボティクス戦略」を通じて、ハードウェアに強い日本企業の競争力をAI分野へ接続させるための大規模な補助金やデータ共有基盤の整備を加速させています。

具体的には、トヨタ自動車が米テスラやヒョンデと同様の「基盤モデル(物理AIの脳)」開発に巨額投資を行い、ファナックや安川電機といった世界屈指の産業用ロボット企業が、既存の工場インフラとAIをシームレスに統合する「ソフトウェア・デファインド・ロボティクス」を提唱しています。

そして、単なる個体(ロボット)の性能差ではなく、世界シェアトップを誇る精密部品(ハーモニック・ドライブ・システムズの減速機等)や製造ライン全体の最適化能力という「エコシステム」の形成を目指しています。

4. 電力システムへの影響

それでは、こうしたフィジカルAI、特にAIロボットが広く社会実装された場合、電力システムにどのような影響をもたらすか考えてみましょう。

まず、電力需要(kWh)を増大させる要因となりえます。

今年のCESは「数年以内にギガワット(GW)クラスの新たな定常負荷が、世界の工場地帯に確実に発生する」ことを決定づけたイベントだったと言えます。

さらに、容量(kW)へのインパクトも大きい一方で、調整力への活用による、フィジカルAIと電力システムとの統合も期待できます。

AIロボットにとっては、自律的なDRなどわけないですし、ロボットが作業の合間に自分で太陽光発電や蓄電池まで歩いて行って、電力余剰時に充電を行うなどということも可能でしょうし、アグリゲーションによるVPP化も期待できます。

シミュレーション

電力需要増大の影響について、簡単なシミュレーションを行ってみましょう。

まず個体の負荷特性を整理します。最新の電動式ヒューマノイドの仕様および稼働シミュレーションに基づくと、以下の数値が算出されます。

定格消費電力(推定):0.5 kW 〜 1.5 kW(作業強度に依存)

稼働サイクル:24時間連続稼働(約4時間ごとの自動バッテリー交換を前提)

1日あたりの消費電力量:人間1人の労働力を代替する存在として見た場合、そのエネルギー消費は一般家庭1〜2世帯分のデイリー消費量に匹敵します。

これは、ロボットが常に姿勢維持(バランス制御)のためにアクチュエータへ微細な電流を流し続ける必要がある「待機負荷」と、動作時の「動的負荷」の合算によるものです。

想定電力需要

このフィジカルAIが日本国内に普及した場合の、マクロな電力需給への影響を試算します。日本の年間総需要電力量を約8,000億kWh、最大電力を約1.6億kW(160GW)として計算します。

ケースA:10万台導入時(初期の社会実装フェーズ)

消費電力量:

日本の年間総需要に対する割合:約 0.11%

最大電力(デマンド)への寄与

日本の最大電力に対する割合:約 0.06%

この場合では、系統全体への影響は限定的であり、既存の予備力で十分に吸収可能な範囲と言えます。

ケースB:100万台導入時(労働力置換が本格化したフェーズ)

消費電力量:

日本の年間総需要に対する割合:約 1.1%

最大電力(デマンド)への寄与:

日本の最大電力に対する割合:約 0.63%

まとめ

100万台規模に達すると、消費電力量は日本の総需要の1%を超えてきます。最大電力についても、最新鋭の大型原子力発電所1基分(100万kW)に相当する負荷が、追加される計算となります。

もちろん、これは物理的な仕事に対する電力消費量だけであって、これ以外にデータセンターなどで大量の電力が消費されていくことになります。また、仮に、産業用だけでなく、業務用や家庭にまで波及した場合、さらに影響は大きくなります。

従って、フィジカルAIの普及を検討するにあたっては、製造業の国内回帰や労働力不足の解消を後押しする効果がある一方で、巨大なベースロード負荷が発生する一方で、大きなDRリソースとなる可能性も考慮すべきです。

電力システムに携わる側としても、フィジカルAI開発競争の動向に注視する必要があると言ってよいでしょう。