EU産業促進法、EV輸出規制と再エネ電力への影響は?
EU産業促進法、EV輸出規制と再エネ電力への影響は?
EV規制の本質は「環境政策」ではなく「産業政策」
欧州連合(EU)が2026年3月に公表した「Industrial Accelerator Act(IAA:産業促進法)」は、単なる環境政策ではありません。これは、脱炭素政策と産業政策、安全保障政策を統合した、新しい「欧州産業防衛戦略」とも言える内容になっています。
欧州委員会は公式文書において、この法律の目的を「戦略産業における産業能力と脱炭素化を加速すること」と説明しています。特に重要なのは、公共調達や補助金支援において、「EU域内製造」「低炭素製品」「欧州サプライチェーン」を優遇する仕組みを導入しようとしている点です。
今回、大きな議論を呼んでいるのがEV分野です。現在議論されている案では、公的支援対象となるEVやPHVについて、「EU域内での組立」が求められる方向となっています。さらに、車両部品やバッテリー関連部材についても、一定割合以上をEU域内で生産する条件が検討されています。
Reutersなど複数報道では、EVについて「非バッテリー部材の70%をEU域内由来とする案」が浮上していると報じられています。これは従来の自由貿易型の環境政策とは明らかに異なり、「脱炭素産業の欧州回帰」を意図した内容と言えます。

背景にある中国EVの急拡大と欧州の危機感
背景には、中国製EVの急拡大があります。EUはすでに中国製EVへの追加関税を導入していますが、それだけでは欧州産業を守れないという危機感が広がっています。中国企業は、大規模補助金、低コスト電池、巨大生産能力を背景に急速に欧州市場へ浸透しており、欧州自動車メーカーは高エネルギー価格や環境規制コストとの二重苦に直面しています。
そのため、EU内部では「脱炭素を進めるほど欧州製造業が弱体化する」という懸念が強まっていました。IAAは、その状況を変えるための“Buy European”政策として位置づけられています。
一方で、自動車メーカー側の反応は割れています。欧州域内に大規模工場を持つメーカーは比較的前向きですが、日本やアジアから輸出する比率が高いメーカーは強い懸念を示しています。
特に日本メーカーは、近年EU域内生産を縮小し、日本、英国、トルコ、インドなどから欧州へ輸出する体制へシフトしてきました。しかし今回のIAAでは、たとえ日本が「信頼できるパートナー国」と位置づけられても、EVやPHVについては「EU域内組立」が求められる可能性があります。
グリーン水素・グリーン鉄にも広がる“Made in EU”
今回の問題はEVだけにとどまりません。
IAAでは、水素、鉄鋼、アルミ、セメント、電池、太陽光、風力などについても、「低炭素かつEU由来」であることを優遇する方向性が示されています。つまり、今後は単純にCO₂を減らしただけでは十分ではなく、「どこで作ったか」「どこの産業を育成するか」が重要になってきます。
例えば、将来、日本や豪州、中東などでグリーン水素を使って製造した「グリーンスチール」が、EU域内製品と同等に扱われるのかは不透明です。
仮に再エネ由来の水素で直接還元鉄(DRI)を製造し、CO₂排出を大幅に削減していても、「EU域内雇用に寄与していない」「EU産業基盤を強化していない」と見なされれば、公共調達や補助対象から外れる可能性があります。
つまり、世界は「単なる脱炭素競争」から、「脱炭素を軸とした産業ブロック経済」へ移行し始めているとも言えます。
再エネ電力・アワリーマッチングとの関係
この流れは、再エネ電力の評価方法にも影響を与える可能性があります。
現在EUでは、単に年間で再エネ比率を合わせるだけではなく、「いつ発電された電力なのか」「どこで供給された電力なのか」を重視する方向へ進みつつあります。これは、グリーン水素認証や24/7 Carbon-Free Energy、アワリーマッチングの議論とも接続しています。
つまり将来的には、EVやグリーン鉄を製造する際にも、「再エネを使った」という年間平均的な説明だけでは不十分となり、「時間一致」「地域一致」を伴う再エネ利用証明が求められる可能性があります。
これは日本企業にとっても大きな意味を持ちます。今後は、単なる再エネ調達ではなく、時間別・地域別に電力由来を説明する能力そのものが、輸出競争力やサプライチェーン参加条件へ発展する可能性があるためです。
脱炭素は「自由貿易」から「産業安全保障」の時代へ
欧州委員会自身も、Clean Industrial Dealにおいて、「脱炭素を成長と競争力の源泉へ転換する」と明言しています。つまり、環境政策そのものが、産業競争力政策へ変化しているのです。 (commission.europa.eu)
これは米国IRA(Inflation Reduction Act)とも共通する流れです。米国もEUも、中国依存低減と産業安全保障を強く意識しており、自由貿易を前提とした従来型のグローバル化から、大きく方向転換しつつあります。
日本企業にとって重要なのは、「低炭素なら売れる」という時代が終わり始めている点です。今後は、製造場所、部材由来、電池調達、サプライチェーン、雇用創出まで含めた戦略が求められます。
そしてこの流れは、自動車だけでなく、グリーン鉄、水素、データセンター、蓄電池、再エネ設備など、あらゆる脱炭素産業へ広がっていく可能性があります。
EUのIAAは、環境政策というより、「脱炭素時代の産業国家戦略」として理解する必要があります。
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