非化石証書とScope2改定【第2回】Nord Poolが英国で実施したFS報告書(2023年)を分析する

酒井直樹

· EnergyTag,非化石証書とScope2改定,電力脱炭素,非化石証書,GHG Scope2

はじめに

経済産業省所管の再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会(ネットワーク小委)で「再エネ価値の時間帯や、場所的な価値 の顕在化のあり方については、2030年以降の中長期的な課題として当小委員会で早期に検討」する方向性が示されました。

これは、GHGプロトコルScope2改定やAMIをめぐる議論の方向性とも合致します。

そこで、前回の記事では、その整合性確保に向けた選択肢をお示ししました。今回はそれに続いて、より具体的な方向性について考えてみたいと思います。

Nord Poolが英国で実施したFSを報告書から読み解く

Nord Pool が2023年にまとめた、英国における「時間単位再生可能エネルギー証明書(Hourly / Granular Energy Certificates)」の市場設計FSに関する報告書が大いに参考になりますので、その内容を読み解いていきたいと思います。

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このFSは、EnergyTag ガイドラインに準拠し、英国において非化石価値に「時間」と「場所」という属性を持たせる将来制度の実装可能性を検証する、極めて重要な試金石と位置づけられています。。

プロジェクトの位置づけと開始時期

2021年から2022年にかけて企画・設計が進められ、2022年4月に英国でFSが実行されました。Nord Pool は集中型取引所インフラの設計・運営ノウハウ提供という立場で参画しています。加えて、National Grid ESOなど複数の企業が参加して、共同で実施されています。

このFSでは、時間単位(Hourly)で発電と消費を対応付ける証明書制度が

  • 既存の電力市場・証書レジストリ・取引所インフラと
  • 制度的・技術的・運用的に接続可能か

の検証がなされました。

Nord Pool 自身も、本件を「将来の再エネ市場設計のマスタープランを描くための机上設計+実証的検討」と位置づけており、価格形成、流動性、透明性が成立しうるかを段階的に確認しています。

従来制度との違い

英国では従来、REGO(Renewable Energy Guarantees of Origin)により、年間ベースでの再エネ属性付与が行われてきました。しかしこの方式では、太陽光・風力の変動性を反映できず、「実際にその時間帯にカーボンフリーだったのか」という問いに答えられません。

そこで、本FSでは、Unicorn Systems が運営する Certigy レジストリを用い、

発電量に応じて時間単位で証明書(以降GC-EACと呼ぶ)を発行・保管・失効管理し、

それを Granular Energy社の管理プラットフォーム上で消費側と突合する設計が採られています。

取引設計:集中取引と相対の併用

特徴的なのは、GC-EACそのものを取引対象とする市場設計です。

GC-EACは、

  • Nord Pool と Granular が共同設計する集中型オークション
  • もしくは二者間取引(OTC)

のいずれでも取引可能とされ、時間単位の需給バランスが価格シグナルとして可視化されます。これは、単なる属性管理ではなく、投資インセンティブを伴う市場メカニズムを意図した設計です。

24/7 CFE と EnergyTag との関係性

本FSは、Google や Microsoft が掲げる 24/7 Carbon-Free Energy の望ましい水準を達成していると評価することが可能です。

  • 「いつ」
  • 「どこで」
  • 「どの電源から」

供給された電力かを、検証可能な形で主張できる仕組みを整えています。

日本の非化石価値制度改正への示唆

この英国パイロットは、日本における非化石証書制度の将来改定、特に

時間帯属性の付与

  • ロケーション(系統・エリア)整合性
  • アワリーマッチング前提の Scope2 / 24/7 対応

を検討するうえで、極めて実務的な参照事例となります。

関係主体別にみる検証のありかたは以下の通りです。

① 取引所(Nord Pool)
時間単位属性を持つ非化石価値が、市場商品として成立するかの検証。

② 証書・レジストリ(Unicorn / Certigy)
時間粒度管理、失効処理、二重計上防止の制度設計。

③ 系統・制度運営者(Elexon / National Grid ESO)
時間単位シグナルが需給運用・投資判断に与える影響。

④ 需要家・政策側
「生再エネによる排出削減効果」を説明可能な制度基盤の形成。

以下、その具体的な報告書の内容を分析していき、当研究所の独自の視点を加えて、日本への示唆を述べさせていただきます。

1. 現状と課題:30分単位の電力取引市場と年間単位の環境証書取引市場の並存

英国の現状と課題

本レポート第二章「Introduction: “Parallel Systems”」では、現在の電力市場が二つの制度システムの並行(パラレル)運用によって成り立っているという構造的問題が提示されています。

一つは卸電力市場、もう一つはエネルギー属性証書(EAC)市場です。両者は本来、同じ電力を対象にしながら、異なる目的と設計思想のもとで独立して発展してきました。

卸電力市場は、電力系統の需給をリアルタイムまたは時間単位で一致させ、系統の安定を確保するための仕組みです。価格形成は需給バランスに基づき、スポット市場、先物、デリバティブなどを通じて、参加者が価格リスクや量リスクを管理します。この市場では、電力は「プール」されて取引されるため、購入者がその電力の発電源や環境属性を特定することはできません。

これに対し、エネルギー属性証書は、電力の「出自」を消費者に帰属させるために20年以上前から導入されてきました。欧州ではGuarantees of Origin(GO)として制度化され、再生可能エネルギー由来であることを証明する法的根拠となっています。EACは二重計上を防ぐために中央レジストリで管理され、Scope2排出量算定などにも利用されています。

しかし、これら二つの制度はほぼ完全に分断されたまま並行して存在してきました。卸電力市場は時間的整合性を重視する一方、EACは年間単位での需給マッチングを認めています。その結果、夏の日中に発電された太陽光の証書を、冬の夜間の消費に充当することが可能となり、電力の物理的現実との乖離が生じています。

本章は、この乖離が拡大した結果、既存の証書制度に対する信頼低下や「グリーンウォッシュ」批判が強まっている点を強調しています。これを是正する動きとして、発電時間を明示した「タイムスタンプ付き証書(グラニュラー証書)」が登場し、卸電力市場と証書市場をより密接に結び付ける転換点に来ていると位置づけています。二つのパラレルな制度が、いま統合に向かう入り口に立っている、というのが本章の核心です。

日本の現状と課題

日本の電力市場構造は、第二章で描かれた英国・欧州の「パラレル・システム」と非常に近い課題を抱えています。日本では卸電力市場としてJEPX(日本卸電力取引所)が機能し、需給調整や価格形成を担っています。一方で、再生可能エネルギーや非化石電源の環境価値は、非化石証書制度によって別建てで管理されています。

JEPXでは、電力は30分単位で取引され、需給逼迫や再エネ余剰は価格に反映されます。しかし、JEPXで調達された電力が化石由来なのか非化石由来なのかを、購入者が直接知ることはできません。この点は欧州の卸市場と同様です。その不足を補うのが非化石証書ですが、日本の非化石証書も基本的には年間単位での属性付与を前提としています。

その結果、日本でも「昼間に発電された再エネの価値を、夜間の需要に充当できる」という構造が存在します。これは英国で問題視されているGOの年間マッチングと同型であり、電力の時間的な物理特性と環境価値が分断されている点で共通しています。JEPXの価格は再エネ余剰時に下落しますが、その時間帯に非化石証書の価値が必ずしも反映されるわけではありません。

英国では、この分断を是正するために、卸市場と整合した時間粒度で証書を発行・取引する仕組み(時間別GO、グラニュラー証書)を検討・実証しています。一方、日本では、非化石証書は依然として卸市場とは独立した制度設計にとどまり、価格シグナルが再エネの「必要な時間」に届きにくいという課題があります。

つまり、日本も英国と同様に、①卸市場と証書市場が分離している構造、②年間マッチングによる時間的不整合、③結果として蓄電池や需要応答への投資シグナルが弱い、という三点の共通課題を抱えています。英国が統合に向けた制度実験を進めているのに対し、日本はまだ「パラレルなまま運用されている段階」にあると言えます。この差が、今後の再エネ主流化と電力市場高度化において、両国の分岐点になる可能性があります。

2. アワリーマッチング~タイムスタンプ付き証書による24/7C化への展望

報告書の論点と英国の状況

第三章では、既存のエネルギー属性証書制度が抱える根本的な限界と、それを乗り越える概念としての「時間ベース証書(Time-based Certificates)」および「24/7クリーンエネルギー」という考え方が整理されています。

現在、多くの消費者や企業は、再生可能エネルギー由来であることを示すエネルギー属性証書(EAC)を用いて、自らの電力消費を「100%再エネ」と主張しています。この仕組みでは、電力の消費と発電を「12か月間の任意の期間で一致させる「年間マッチング」」が認められています。例えば、夏季の日中に太陽光発電所で生産された電力の証書を購入し、それを冬季の夜間を含む年間消費に充当することが可能です。

しかし、本章は、この年間マッチングが「現代の電力系統の物理的現実を反映していない」と明確に指摘しています。再生可能エネルギー比率が低かった20年前には問題にならなかったものの、現在の電力系統では、時間帯による再エネ供給量の変動が極めて大きくなっています。日中は太陽光が大量に供給され、夜間や冬季には化石電源への依存が高まるという構造が常態化しています。

年間マッチングの下では、この時間的ギャップが無視されるため、系統が化石燃料に依存している時間帯の消費であっても、「再エネ利用」としてカウントされてしまいます。この乖離が、証書制度に対する不信感や「グリーンウォッシュ」との批判を生み出しており、実際にアイルランドでは、広告当局が「100%再エネ」表示を誤解を招くものと判断した事例も紹介されています。

さらに、証書価格が時間帯を考慮せず一律であることも問題とされています。本来、再エネが余剰の時間帯には価値は低く、供給が不足する時間帯には高く評価されるべきですが、現行制度ではその価格シグナルが存在しません。その結果、蓄電池、需要応答、ディスパッチ可能なクリーン電源といった「時間価値を補完する技術」への投資インセンティブが弱くなっています。

(当研究所の独自補記)

――なぜ今になって問われ始めたのか

このように、時間別マッチングや時間ベース非化石証書が強く求められるようになった背景には、二つの要因があります。第一に電力システムにおける再生可能エネルギー由来電源の割合が高まり、その結果年間ベースでのマッチングでは大きな問題が出てきたこと、第二は、その問題の解決を可能にしたDX技術の発展です。

第一の要因:「再エネいつでもどこでも足りない」から、「時間・地域で偏った導入」状態への変化

かつて再生可能エネルギーが電力システム全体の中で占める割合が低かった時代には、時間帯や場所を厳密に意識したマッチングは必ずしも重要ではありませんでした。再エネは「どこでも、いつでも足りない」存在であり、導入されるだけで系統全体に対して明確な追加性を持っていました。そのため、年間単位での証書マッチングや、いわば“連環の粗い整理”であっても、電力システムへの悪影響は生じにくかったのです。

しかし現在は状況が根本的に異なります。太陽光や風力が主力電源に近づくにつれ、再エネは「足りない電源」ではなく、「時間帯と場所によって余る電源」へと性格を変えました。昼間には余剰が発生し、夜間や無風時には不足する。都市部と地方、系統制約の有無によっても状況は大きく異なります。この段階に入ると、時間帯や場所を無視したマッチングは、もはや電力システムの現実を反映しなくなります。

言い換えれば、再エネがある程度主流化したからこそ、時間整合性が初めて「意味を持つ論点」になったのです。

第二の要因:デジタル技術がもたらした実装可能性

もう一つの決定的な要因は、テクノロジーの進展です。かつての電力・証書管理は、アナログなデータ収集と月次・年次集計が前提でした。時間帯別、地点別に電力を追跡し、それを証書として発行・取引・消し込みまで行うことは、コスト面でも運用面でも現実的ではありませんでした。

しかし現在では、スマートメーター、IoT、クラウド、ビッグデータ処理の発展により、発電・消費データにタイムスタンプを付与し、ほぼリアルタイムで管理・演算することが可能になっています。年間証書に時間情報を付けることも、技術的には特別なことではありません。さらに、それを時間帯・場所別にマッチングし、商品やScope2排出量として消し込む処理も、低コストで実行できる環境が整いました。

重要なのは、制度が先に高度化したのではなく、技術が先に可能性を開いたという点です。時間別非化石証書は理想論ではなく、「できてしまうようになったからこそ問われている」仕組みなのです。

(当研究所の独自補記終わり)

(報告書の分析)

こうした課題への解決策として提示されるのが、「発電時刻を明示した時間ベース証書(グラニュラー証書)」です。これにより、消費者は特定の時間帯に実際に供給されたクリーン電力と自らの消費を対応付けることが可能になります。この考え方を突き詰めたものが株式会社電力シェアリングも積極的に参画する国連「24/7クリーンエネルギー」やEnergyTagであり、すべての時間帯で消費電力をクリーン電源と一致させることを目指す新しい調達基準です。

本章では、GoogleやMicrosoftなどの企業、米国政府や欧州の都市が、この24/7クリーンエネルギーを新たな目標として掲げている点が紹介されています。また、EU再生可能エネルギー指令(RED III)や水素規制など、制度面でも時間単位での整合性を求める方向性が明確になりつつあることが強調されています。

第三章の結論は明快です。エネルギー属性証書は、「いつ」発電されたかを示す仕組みへ進化しなければ、電力系統の脱炭素を本質的に支えることはできない。時間ベース証書は、信頼回復と投資シグナル創出の両面で、次世代の電力市場に不可欠な基盤になると位置づけられています。

3. 日本の非化石証書・Scope2改定への直接的示唆

――「年間整合」から「時間整合」への不可逆的転換点

時間ベース証書を巡る欧州・英国の議論は、日本の非化石証書制度とScope2排出量算定の将来像を極めて明確に示唆しています。

結論から言えば、日本も現在の制度構造を維持したままでは、国際的な信頼性と企業実務の整合性を同時に失うリスクが高まっています。

日本の非化石証書制度が抱える構造的限界

日本の非化石証書は、電源属性を需要家に帰属させる点では、欧州のGuarantees of Origin(GO)と同型です。しかし最大の問題は、JEPXで形成される電力の時間価値と、非化石証書の価値が完全に分離している点にあります。

JEPXでは30分単位で需給が評価され、再エネ余剰時には価格が下落し、不足時には上昇します。一方、非化石証書は原則として年間単位での充当が可能であり、昼間の太陽光由来価値を夜間需要に適用できます。この構造は、英国・EUで「電力の物理的現実との乖離」として問題視されているものと全く同一です。

その結果、日本でも

  • 再エネが実際に不足している時間帯の消費
  • 化石火力が系統を支えている時間帯の消費

であっても、帳簿上は「非化石・ゼロエミッション」と扱える状況が生まれています。これは制度上は合法であっても、実質的には排出削減を伴わない主張になりかねません。

Scope2改定が突きつける「説明責任」の変化

現在改定が進むGHG Protocol Scope2ガイダンスでは、こうした「年間マッチング」への批判が正面から議論されています。欧州レポートが示すとおり、時間整合性を欠いた証書は、排出削減効果を正確に表さないという認識が国際的に共有されつつあります。

4. 報告書の掲げる「ビジョン:電力市場と証書市場を再統合」

第四章「Our vision」は、本レポート全体の中核にあたる章であり、電力市場とエネルギー属性証書市場を、時間粒度を揃えた形で再統合していく将来像を明確に示しています。

ここで描かれているのは、単なる証書制度の改良ではなく、電力市場そのもののゼロベースでの再設計です。

まず前提として、将来のエネルギー属性証書は、すべてタイムスタンプ付き(時間別・場合によってはサブアワリー)で発行されることが常態化するとされています。

その際に用いられるデータは、卸電力市場の精算に使われているスマートメーター等の計量データと共通化されます。これにより、発電・消費・証書が同一のデータ基盤の上で管理されるようになります。

レポートが特に強調しているのは、「フルディスクロージャー(全消費開示)」という考え方です。これは、再エネで賄えた時間帯だけでなく、賄えなかった時間帯の電力の出自も含めて開示するという思想です。オランダやオーストリアではすでに一部導入されており、時間別マッチングが進むほど、この考え方が不可欠になります。

さらに、証書の地理的属性についても重要な指摘があります。証書の越境移転を無制限に認めると、送電制約を無視した投資誘導が起こり得るため、卸電力市場の価格ゾーンや実際の電力潮流と整合した形での取引制限が必要だとされています。

最終的なビジョンは明確です。


電力(kWh)と環境価値(証書)を、同じ市場、同じ時間軸で取引する世界です。まずは証書単独市場、その次に電力市場との部分的なバンドル、最終的にはデイアヘッド市場やイントラデイ市場に組み込まれることが想定されています。

英国実証(Nord Pool × Granular Energy)――構想を「市場」に落とす試み

このビジョンを現実の制度・市場として検証しているのが、英国で進められている
Nord Pool × Granular Energy
による実証プロジェクトです。

本プロジェクトの目的は三点あります。
第一に、時間別(時間単位)の証書を発行・取消・取引できる制度設計の確立。
第二に、蓄電池やデマンドレスポンスといった柔軟性リソースを、証書市場に参加させること。
第三に、実際に取引が成立する市場として機能することを示すことです。

すでに詳細な市場ルールブックが整備され、EnergyTag標準への適合性も検証されています。英国の主要小売事業者が参加し、9TWh規模の実データを用いて、需要家ごとの時間別マッチング状況が可視化されています。これは概念実証ではなく、実務レベルでの運用検証です。

特に重要なのは、証書価格が時間帯ごとに変動しうる点です。再エネが余剰の時間帯では証書価格は低下し、不足する時間帯では上昇します。これにより、

蓄電池が「安い時間に充電し、高い時間に放電する」

  • 需要側が消費時間をシフトする
  • といった行動が、環境価値市場を通じて自然に誘導される仕組みが生まれます。ここでは、証書が単なる「証明書」ではなく、系統を調整する経済シグナルとして機能し始めています。

日本の非化石証書・Scope2改定への直接的示唆――日本は「並行システム」を超えられるか

この英国の動きは、日本の非化石証書制度とScope2実務に対して、極めて直接的な示唆を与えています。

日本では、卸電力市場(JEPX)と非化石証書制度が完全に分離したまま運用されています。JEPXは30分単位で需給と価格を評価する一方、非化石証書は年間単位で充当可能です。この構造は、レポート第二章で「パラレル・システム」と指摘されていた状態といえます。

Scope2改定が進めば、企業は「非化石証書を持っているか」ではなく、「どの時間帯に、実際に非化石電力を使えたのか」、を説明することが求められる可能性が高まります。そのとき、日本においても現行制度では説明が困難になります。

英国実証が示す最大の示唆は、時間別非化石証書は企業に負担を強いる制度ではなく、調達戦略を高度化するためのインフラを構築するという視座です。時間別不足が可視化されることで、蓄電池、需要調整、調達ポートフォリオの最適化が促されることが期待されます。

5. 社会実装策

英国で期待されるユースケース

第5章では、時間別・粒度付き証書(グラニュラー証書)が実装された場合に、どのような具体的な利用シーン(ユースケース)が生まれるのかが整理されています。本章の特徴は、「理論的に可能」という段階を超え、実務で誰が・どのように価値を得るのかを明確に描いている点にあります。

第一のユースケースは、次世代型グリーン電力メニューです。小売事業者は、単に「再エネ100%」と表示するのではなく、発電技術、立地、時間帯を明示した電力商品を提供できるようになります。これにより、需要家は「いつ、どこで、どの電源から供給された電力か」を理解したうえで調達判断が可能になります。

第二は、柔軟性リソース(蓄電池・需要応答)の市場参加です。時間別証書が取引され、価格が需給に応じて変動すれば、再エネが不足する時間帯に価値が高まります。蓄電池は、証書価格が低い時間帯に充電し、高い時間帯に放電することで、環境価値の側面からも収益を得られるようになります。需要応答も同様に、消費時間のシフトによって証書コストを下げる行動が合理化されます。

第三は、製品・サービスのグリーンラベリングです。特に水素、アルミニウム、鉄鋼、データセンターなど、電力起源の排出が支配的な分野では、「時間整合したクリーン電力」を使っているかどうかが製品の環境価値を左右します。時間別証書は、その検証手段として不可欠になります。

第四は、ロケーション価値の可視化です。証書には地理情報が付与されているため、地域ごとの再エネ余剰・不足が価格として表現されます。これにより、系統混雑地域や需要地近傍への投資が経済的に誘導される可能性が示されています。

本章の核心は、グラニュラー証書が「環境表示の道具」ではなく、電力システムを動かす経済シグナル、すなわち委員会でも議論されていた「価格シグナルの付与」の具体策になり得ることを示した点にあります。

日本への示唆

日本の非化石証書制度は、主に「報告・表示のための静的ツール」として設計されています。しかし第5章が示すのは、証書を「行動を変える価格シグナル」に転換する可能性です。日本でも、蓄電池や需要応答が政策補助に依存している現状を踏まえると、時間別非化石証書は「市場ベースで柔軟性を評価する新たな軸」になり得ます。また、グリーンウオッシュを回避する製品ラベリングや水素分野では、いずれ時間整合性が国際取引条件になる可能性が高く、日本企業が早期に対応経験を積む意義は大きいと言えます。

6. まとめ

第6章では、時間別証書が「将来構想」ではなく、すでに実装段階に入っていることが示されています。ここでは、制度整備・技術基盤・市場実証の三つの観点から進捗が整理されています。

まず制度・技術面では、欧米の主要な証書レジストリが、発電データにタイムスタンプを付与する機能を開発・導入しつつあります。これらは既存のスマートメーターや卸電力市場の計量データと整合する設計であり、追加的な測定インフラを必要としない点が強調されています。

次に、市場実証として紹介されているのが、英国で進むNord PoolとGranular Energyによるプロジェクトです。この実証では、時間単位の証書発行・取消・可視化が行われ、需要家ごとに「何時間分クリーン電力を使えたか」が定量的に示されています。すでに複数の小売事業者と需要家が参加し、TWh規模の実データが扱われています。

ただ、これはいわゆるロケットサイエンスではなく、既に8000万軒以上のスマートメータが実装され、クラウド上に30分単位の発電・消費データが準リアルタイムで上がっていて、それを第三者でもアクセス可能というような状況を備えている国は日本をおいて他にありません。

少なくとも技術実証のハードルは低いですし、他国の技術をそのまま移入する必要はなく、経済安全保障の確保とデータセキュリティを考慮すれば、優れた日本のシステムソリューションプロバイダーによる現状のシステムの補正で修正がきく点を強調しておきたいと思います。

当社もベンダーフリーの強みを生かして、是非制度の設計・実践に貢献させていただきたいと思います。

いずれにしても、ここで重要なのは、この実証が「机上検討」ではなく、実務に耐えるルールブックと運用体制を備えている点です。EnergyTag標準への適合性が検証され、将来的な制度化を前提とした設計が進められています。日本においても大いに参考になるでしょう。

日本では、非化石証書に時間情報を付与する議論自体がまだ限定的です。しかし第6章が示す通り、技術的障壁はすでに低く、制度的意思と実証の場が焦点となります。

日本でも、全制度改正を待たず、特定エリアや任意参加型での時間別証書実証を行うことは十分可能です。特に、再エネ比率が高い地域やデータセンター需要地を対象にしたパイロットは、将来の制度設計に直接資する知見を生むと考えられます。

報告書に戻ります。第7章では、時間別証書が政策当局にとって持つ意味が整理されています。核心は、「証書制度を電力市場設計と切り離して考える時代が終わりつつある」という認識です。

EUの再生可能エネルギー指令(RED III)や、水素規制では、すでに時間整合性が明確に要件化されつつあります。これは、「証書が単なる環境主張の裏付けではなく、系統運用や投資インセンティブ付与に影響を与える政策ツール」として位置づけられていることを意味します。

政策的に重要なのは、時間別証書が卸電力市場と整合すれば、再エネ余剰や不足を価格として可視化できる点です。これにより、従来は補助金や規制で対応していた課題を、市場メカニズムで部分的に解決できる可能性が示されています。

第7章は、時間別証書を「任意の上乗せ制度」として放置するのではなく、市場設計の一部として段階的に組み込む必要性を訴えています。

翻って日本の政策は、非化石証書・電力取引市場・容量市場・需給調整市場等々を別個に設計してきました。しかし第7章は、それらを横断する設計が不可避であることを示しています。

特に、補助金に依存しがちな蓄電池・需要応答を、市場ベースで評価する補助的制度として、時間別非化石証書を位置づける余地があります。政策の目的を「量の導入」から「時間と場所の最適化」へ移す必要があるかもしれません。

第8章では、時間別証書導入にあたって残る課題が整理されています。ただし、これらは「障害」ではなく、実装を進める中で解くべき設計論点として提示されています。

主な論点は、

①データ取得の迅速化、

②蓄電池の証書上の扱い、

③電力と証書のバンドル設計、

④地理的制約の扱い

です。

特に蓄電池については、証書を「貯蔵」する概念や、損失をどう扱うかなど、慎重な制度設計が求められます。

また、証書取引を卸市場とどこまで統合するかについても、段階的アプローチが推奨されています。完全統合を前提にせず、部分的・任意的な連携から始める現実的な道筋が示されています。

日本でも同様の論点が避けて通れません。特に、蓄電池を非化石価値の担い手としてどう扱うかは、今後の大きな検討項目になります。

ただし第8章が示す通り、完成形を一気に作る必要はないと考えます。日本でも、グラウンドデザインをしっかり描きつつ、まずは段階的に進み、長期的視点で対峙していく心構えが求められていると考えます。

報告書に戻ります。最終章では、「EAC(エネルギー属性証書)は必然的に年間整合から時間整合へ移行する」と結論づけられています。それは環境理想論ではなく、再エネ主流化によって電力システムが変質した結果です。

時間別証書は、電力市場・環境価値・排出会計を再び結び付け、投資と行動を同時に動かす基盤になると総括されています。

7.最後に:当研究所からの提言

以上、本FSとレポートは英国の公的機関が関与、実行した点を踏まえれば、日本での非化石証書のアップデートを検討するうえで大いに参考にあると思われます。

しかし、一方で、上述したように、日本ではスマートメータを中心とするデータ基盤が整っているので、制度の柔軟な運用で比較的容易に導入が可能であると考えます。

RE100の導入時にもそうだったように、ただ単に欧州の先行制度を模倣して、欧州の技術を輸入して「国際標準化」を図る手法にはリスクがあることには留意が必要です。

経済安全保障、データセキュリティ、クラウドベースでのサービス赤字の回避の視点から、わが国のテクノロジープロバイダーが中心となって、オリジナルで制度を設計し、システム構築による市場化を進めていくべきと考えます。

また、EAC発行・取引の運営においても、外資を中心とする民間企業がGC-EACの発行から取引運営を自然独占するのは避けた方がよく、制度の複雑化や重複は避けつつ、競争原理の導入により、取引におけるガバナンスとアカウンタビリティを確保することが何よりも重要だと当研究所は考えています。

次の記事では、この2025年に発出された報告書について分析いたします。