【解説】JEPXスポット市場につい徹底的に深堀ります

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日本の電力取引市場の全容とJEPX

現在の日本の電力取引は、JEPX(日本卸電力取引所)でのスポット取引市場を中心として、容量市場、需給調整市場、そして電力先物市場が多層的に組み合わさって構成されています。

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2024年度から本格運用が始まった「容量市場」は、将来の供給力を確保するための市場であり、年間約1.6兆円規模の約定金額を記録しています。

また、送配電網の周波数維持を行う「需給調整市場」は、取引量自体はスポット市場の数%(数百億kWh規模)ですが、kW単価が非常に高額になることがあり、金額ベースでの存在感が増しています。

そして、先物を取引する「電力先物市場(EEX・TOCOM)」です。2024年度の先物取引高は年間1,000億kWhを超え、JEPXスポット取引量の約25%、総需要の1割以上に相当する規模まで拡大しました。ただし、欧州では総需要の5〜10倍の先物取引が行われるのが一般的であり、日本の先物市場はまだ発展途上といえるでしょう。

JEPXスポット:電力自由化が生んだ「エネルギーの心臓部」とその役割

日本卸電力取引所(JEPX)は、2003年の電力自由化を起点として設立された、国内唯一の卸電力取引プラットフォームです。かつて10の地域独占企業によって完結していた電力の需給調整を、市場原理に基づいた「透明な競争」へと移行させるための装置として誕生しました。

実務上の観点から言えば、JEPXは単なる売買の場ではありません。

発電事業者にとっては、稼働させる発電ユニットの経済的な優先順位(ユニットコミットメント)を決定する場であり、

小売電気事業者にとっては、自社顧客の需要を支えるための最も重要な「仕入れのゲート」です。

特に自前の発電所を持たない新電力にとって、JEPXは事業継続を支える生命線そのものであり、ここでの価格形成が最終的な消費者への請求額や企業の利益率に直結します。

「同時同量」という絶対原則と市場設計

電力という商品は、他の商品と異なり、大規模な貯蔵が極めて困難であるという物理的制約を持ちます。この「同時同量(需要と供給を常に一致させること)」の原則こそが、JEPXの複雑な市場設計を規定しています。

電力取引の実務として、まず理解すべきは、30分を1コマとして管理される時間枠の概念です。JEPXは、数年先から数秒先まで、異なる時間軸の市場を重層的に運営することで、この物理的制約を経済的に解決しようとしています。

具体的には、前日に翌日の基本需給を固める「スポット市場」から、当日の予期せぬズレを埋める「当日市場」、さらには中長期的な価格変動を固定化する「先物・先渡市場」まで、9種類の市場をパズルのように組み合わせることで、電力網の安定と経済性の両立を図っています。

JEPXスポット市場の構造と2022年「価格高騰」の教訓

2022年、ロシア・ウクライナ情勢の悪化に伴う世界的な燃料高騰は、JEPXのスポット価格をかつてない高水準へと押し上げました。当時、多くの新電力は調達の大部分をスポット市場に依存していたため、仕入れ価格が販売価格を上回る「逆ザヤ」により、倒産や撤退を余儀なくされました。

このボラティリティの激増は、市場に「価格シグナル」としての機能を痛感させると同時に、供給力確保に向けた制度改革を加速させるポジティブな契機となりました。

また、太陽光発電の導入拡大により、晴天日の昼間は価格が0.01円/kWhに張り付く一方、夕方には急騰する「ダックカーブ」が常態化しています。地域間連系線の容量制約によりエリアごとに価格が異なる「エリアプライス」が発生するため、実務家は全国一律ではなく、自社エリア特有の需給ロジックを把握する必要があります。

スポット市場のメカニズム:メリットオーダーと価格形成の深層

JEPXの心臓部が「スポット市場(一日前市場)」です。

ここでは、翌日の24時間を30分刻みに分けた48コマの電力が、オークション形式で取引されます。

この市場の価格決定を支配しているのが「メリットオーダー」という経済論理です。

これは、発電コスト(限界費用)が低い電源から順に並べ、需要を満たした最後の電源のコストがそのコマ全体の取引価格(システムプライス)になる仕組みです。

実務者が直面する今日の課題として、太陽光発電などの再生可能エネルギーの急増が挙げられます。太陽光は限界費用がほぼゼロであるため、晴天の昼間にはメリットオーダーの最優先順位となり、市場価格を極端に押し下げます。

一方で、太陽光が失われる夕刻からは、一転してコストの高いLNG火力や石油火力が価格を決定するため、価格が垂直に跳ね上がる「ボラティリティの激化」を引き起こします。実務担当者は、この「昼間の安値」と「夕方の高騰」という極端な二面性を前提とした調達戦略を練る必要があります。

スポット市場(一日前市場)の入札とゲートクローズ

スポット市場は、翌日に受け渡しする電気を30分単位(1日48コマ)で取引します。入札の締め切り(ゲートクローズ)は「前日の午前10時00分」です。買い手も売り手も、この時間までに1コマあたり最大50段階の価格と数量を組み合わせた入札カーブを投入しなければなりません。約定結果は午前10時30分頃に公表され、これが「システムプライス」として日本の電力価格の基準となります。最新の約定結果はJEPX市場情報ページ( https://www.jepx.or.jp/market/ )にてリアルタイムで更新されます。

時間前市場(当日市場)による最終調整

午前10時のゲートクローズ後に発生した需要予測のズレや発電機のトラブルを補正するのが「時間前市場」です。ここでは受け渡し当日の1時間前まで、24時間365日いつでも取引が可能です。1コマ単位での売買が成立する「ザラ場方式」であり、スポット市場よりも価格が荒れやすいため、高度なトレーディングスキルが求められます。

先渡市場の具体的な商品設計とルール

先渡市場は「将来の現物」を予約する場です。商品には「週間(月〜日)」「月間」などがあり、取引は「前週の金曜日」や「前月の下旬」にゲートクローズを迎えます。先物市場との最大の違いは、JEPXの口座間で実際に「0.1kWh単位」の現物供出が行われる点です。売買が成立した時点で、将来のJEPXスポット価格のリスクを完全に固定できるため、予算管理を重視する新電力にとって極めて重要なツールとなります。

価格上限の設定とセーフティネット

JEPXでは、異常な価格高騰を抑制するために価格上限が設定されています。現在、スポット市場の入札上限価格は「200円/kWh」が基本となっています。これは、2021年1月の市場高騰時にインバランス料金が一時的に上限なしの状態になった教訓から、事業者の連鎖倒産を防ぐための防波堤として機能しています。

当日市場とインバランス回避の現場

スポット市場で計画を立てた後も、現実は常に変動します。急な気温変化による需要増や、再エネの発電予測の外れに対応するのが「当日市場(時間前市場)」です。

スポット市場が「前日のまとめ買い」であるのに対し、当日市場は「直前の微調整」を担います。ここでは、実需給の1時間前(ゲートクローズ)まで、ザラバ方式(リアルタイムの条件合致)で取引が続けられます。実務者は、ここでの取引を通じて、予測と実績の差分(インバランス)を可能な限りゼロに近づけます。インバランスが発生すると、一般送配電事業者から高額なペナルティを課されるリスクがあるため、当日市場をいかに巧みに使いこなすかが、需給管理担当者の腕の見せ所となります。

インバランス制度の是正と旧一電の内外無差別「球出し」

実は、 JEPXの価格形成を最適化するよう、インバランス精算制度がアップデートされています。

以前の制度では、スポット価格が高騰した際、市場で買うよりもインバランスとして放置して精算料金を払う方が安く済むという逆転現象がありましたが、現在は市場連動型インバランス料金が導入され、需給逼迫時には市場価格よりも高くなるよう設計されています。

また、JEPXの流動性を支えるエンジンとして、旧一般電気事業者(旧一電)による「内外無差別な球出し」が定着しています。旧一電は自社の小売部門を優先せず、発電部門が持つ電気を市場に内外無差別に供出することをコミットしており、これにより、新電力も大規模かつ効率的な発電所の電気を、旧一電と同じ条件で調達できるようになり、市場全体の透明性と安定性が確保されています。

先渡市場(Forward Market)の再評価と先物との役割の違い

次に先渡市場を解説します。

実務において最も混同しやすいのが「先渡(Forward)」と「先物(Futures)」の違いです。最大の違いは、最終的に電気そのものがデリバリーされるか否かにあります。先物市場(EEXやTOCOM)は金融派生商品であり、差金決済のみを行います。つまり、価格変動リスクをヘッジする金銭的な道具です。一方、JEPXの先渡市場は現物取引です。約定した電気は、将来の受け渡し日に実際にJEPXから供給されます。

なぜ先物があるのに先渡が必要なのか。金融決済のみの先物はキャッシュフロー管理に適していますが、需給が逼迫する夏季や冬季に物理的な電気を確実に確保するという行為は保証しません。先渡市場は、将来の供給力を確定した価格かつ現物として確保できるため、実需家にとって究極の安心材料となります。

脱炭素時代のJEPX:新たなリスクとヘッジの必要性

2050年のカーボンニュートラル目標に向け、JEPXの役割はさらに進化しています。従来の「物理的な電気の売買」に加え、非化石証書などの「環境価値」の取引が重要度を増しています。

しかし、再エネ比率が高まるにつれ、スポット価格の予測可能性は低下しています。燃料価格の国際的な乱高下や、日本の分断された送電網によるエリア間値差(地域ごとの価格差)など、実務者が管理すべき変数は増える一方です。これに対し、スポット市場への過度な依存を避け、電力先物市場などを活用して「価格を固定(ヘッジ)」する金融的なアプローチが、もはや選択肢ではなく必須のスキルとなっています。


終わりに

アップデートを続ける「生きた市場」と共に JEPXは危機を乗り越え、インバランスのモラルハザードを解消し、内外無差別な球出しを定着させてきました。

JEPXは今、日本のエネルギーシステムを司る「神経系」として、単なる取引所を超えたインフラへと進化しました。

この市場の深層を理解し、スポット、当日、そして先物という複数の時間軸を使い分けることこそが、脱炭素化という荒波の中で生き残るための実務的な解となります。現物で物理的に確保し、先物で価格を固定する。

小売電気事業者や大口需要家にとっては、この両輪を使い分ける戦略と戦術が求められています。

参考

JEPX公式サイトで日次のスポット価格推移を確認 (参照: https://www.jepx.or.jp

電力広域的運営推進機関(OCCTO)で供給計画とインバランス精算状況を確認(参照: https://www.occto.or.jp/shiryou/gyoumu/index.html

実務における先物(金融)と現物(先渡・スポット)の最適配合を検討