[解説]需給調整市場の深層(1):調整力市場メカニズムと未来への課題

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日本の電力システムは、2050年カーボンニュートラルという国家目標に向けて、構造的な転換点にあります。

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太陽光や風力といった変動性再生可能エネルギー(VRE)の導入量は年々拡大していますが、これらは天候や時間帯に強く依存し、発電量を人為的にコントロールすることが困難です。その結果、電力の需給バランスは従来よりも大きく、かつ頻繁に揺らぐようになりました。

電力は大量に蓄えることが難しく、需要と供給は常に一致していなければなりません。この「同時同量」という制約条件のもとで、電気の品質を示す周波数(東日本50Hz、西日本60Hz)を一定範囲に保つ役割を担うのが「需給調整市場」です。言い換えれば、需給調整市場は、再エネ大量導入時代における電力システムの安全弁であり、最後の砦です。

本稿では、需給調整市場の制度的な定義から始め、実務者が必ず理解しておくべき5つの商品区分、そして制度運用上いま顕在化している3つの構造的課題までを、できる限り具体的かつ実務目線で整理します。

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  1. 需給調整市場の定義と本質的役割
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調整力(ΔkW)の本質

電力システムにおいて最も重要な物理法則は「需要と供給が常に一致していなければならない」という点です。需要が供給を上回れば周波数は低下し、逆に供給が需要を上回れば周波数は上昇します。この周波数の乱れは、家庭用電気機器だけでなく、工場のインバータ設備やデータセンターの精密機器に深刻な影響を及ぼします。

このズレを瞬時に補正するために、あらかじめ確保しておく発電所や蓄電池、需要側リソースの出力余力を「調整力(デルタkW)」と呼びます。これは、エネルギー量(kWh)ではなく、瞬間的に上下させることができる出力の幅そのものが価値を持つ点が特徴です。

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2021年4月以前、日本では各エリアの一般送配電事業者が個別に調整力を公募し、エリア内で完結する形で確保していました。しかし、再エネの出力変動はエリアをまたいで同時多発的に起こるため、エリア単位の調達では非効率が顕在化してきました。

そこで創設されたのが需給調整市場です。この市場では、全国を一つのプールとして調整力を集約し、価格の安いリソースから優先的に約定させる「広域メリットオーダー」が採用されています。これにより、系統全体の調整コストを最小化し、最終的には託送料金を通じた国民負担の抑制を狙っています。

制度の全体像については、日本卸電力取引所が公開している需給調整市場の概要ページや、電力広域的運営推進機関の検討会資料が一次情報として必須の参照先になります。

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2. 商品区分と技術的要件:5つの調整力
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一次調整力(応答時間:10秒以内)

一次調整力は、周波数の変化を検知した瞬間に自動的に反応する、いわば「反射神経」の役割を担います。中央からの指令を待たず、系統の物理的変化に対して瞬時に応答する点が特徴です。

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技術的には、火力発電機のガバナ(調速機)によるガバナフリー運転が長年主役でしたが、近年ではミリ秒オーダーで応答可能な大型蓄電池が急速に存在感を高めています。一次調整力は応答性能の要求が極めて厳しいため、参入できる設備は限定的であり、その分、系統安定化への貢献度は非常に高いと評価されています。

二次調整力(応答時間:5分以内)

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二次調整力は、中央給電指令所からのLFC(負荷周波数制御)信号に追従する能力です。一次調整力が瞬間的な揺らぎを抑えるのに対し、二次調整力は数分スケールでの需給ギャップを解消します。

二次調整力①は、LFC信号に対して高い追従精度が求められ、火力発電や水力発電が中心です。数秒から数分単位で、細かく出力を上下させる制御性能が評価されます。

二次調整力②は、①よりも制御頻度が低く、5分以内の出力変化に対応できればよいとされています。その分、参入可能なリソースの幅が広がり、蓄電池や一部の需要側リソースも対象になりつつあります。

三次調整力(応答時間:15分〜45分)

三次調整力は、需給予測のズレを修正するための調整力です。再エネの出力予測誤差や、需要予測の外れといった、比較的ゆっくりと顕在化する変動に対応します。

三次調整力①は15分以内に立ち上がる能力が求められ、火力発電や揚水発電が主な担い手です。

三次調整力②は45分以内の応答でよく、現在最も取引量が多い商品です。実務上は、アグリゲーターによるデマンドレスポンス(DR)や、分散型蓄電池の集約がこの領域で本格的に活用されています。

実務のポイントとして、三次調整力②は参入障壁が比較的低く、事業モデルを構築しやすい一方で、価格競争が激化しやすい点に留意が必要です。

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3. 約定プロセスと精算の考え方
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重要なのは、待機しているだけで支払われる「容量価値」と、実際に動いた際の「エネルギー価値」が制度上分離されている点です。これは、将来的に容量市場やエネルギー市場、さらには環境価値市場との制度的接続を考える上で、極めて重要な設計思想です。

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4. 実務で直面する3つの壁
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第一の壁:技術要件とコスト

応答速度、指令追従率、計測精度など、需給調整市場の技術要件は年々厳格化しています。特に分散型リソースを束ねるアグリゲーターにとっては、通信遅延や制御精度の確保が大きなコスト要因となります。

第二の壁:収益の不確実性

調整力価格は需給状況や制度変更の影響を強く受けます。特に三次調整力②では、参入事業者の増加により価格が低下傾向にあり、単独市場としての収益性には限界が見え始めています。

第三の壁:他市場との整合性

需給調整市場、容量市場、卸電力市場、さらには非化石価値取引やScope2算定との関係整理が、制度的にも実務的にも追いついていません。アワリーマッチングや24/7CFEの文脈では、調整力として動いた電力の環境価値をどう扱うのかという論点が、今後避けて通れません。

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5. 未来への課題と展望
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そのとき重要になるのは、制度を単独で見るのではなく、電力システム全体、そして脱炭素の価値連鎖の中で位置づける視点です。需給調整市場を理解することは、日本のエネルギー転換の核心を理解することに他なりません。