[解説]需給調整市場の深層(2)上限価格引き下げへの対応策
[解説]需給調整市場の深層(2)上限価格引き下げへの対応策

日本の電力システムにおける需給調整市場は、2024年4月の全面開場以降、わずか1年半という異例の短期間で、制度の根幹に関わる見直しを迫られています。
その象徴が、一次調整力および二次調整力①における募集量削減と上限価格の大幅引き下げです。
この方針は、資源エネルギー庁が2025年10月29日に開催した次世代電力・ガス事業基盤構築小委員会 制度検討作業部会において提示されました。
(参考:https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/)
一見すると、これは単なる価格改定、あるいは蓄電池ビジネスへの逆風と受け止められがちです。しかし、制度設計の思想と市場行動を丁寧に読み解くと、今回の変更は、日本の電力市場が正常な競争市場へ移行するために避けて通れない通過点であることが見えてきます。

1. わずか1年半で起きた静かな制度転換
市場の外に逃げ始めた一般送配電事業者

この転換を制度的に整理したのが、電力広域的運営推進機関(OCCTO)による市場外調整力の位置づけです。
2025年6月、OCCTOは、揚水発電および自然体余力を需給調整市場とは切り離し、一般送配電事業者が随意契約で確保する方針を明確にしました。象徴的なのが北海道エリアです。北海道電力ネットワークは、京極揚水発電所と約34万kWの随意契約を締結しました。その結果、一次調整力の市場募集量は大幅に縮小し、市場は存在しているものの、量は市場外で確保するという逆説的な構造が生まれました。

2. 上限価格引き下げの数字が意味する本質
今回提示された上限価格は以下の通りです。
現行
19.51円/ΔkW・30分
変更案
7.21円/ΔkW・30分
この7.21円という水準は、すでに二次調整力②および三次調整力①に適用されている上限価格と同一であり、今回の見直しは価格体系を平準化する意味合いを持っています。
しかし、この価格差は単なる調整ではありません。
約63パーセントの減額は、蓄電池ビジネスの前提条件そのものを組み替える水準です。

3. 超短期回収という異常事態がもたらした制度疲労
19.51円という価格水準は、系統用蓄電池にとって事実上のボーナス期間でした。
例えば、出力1,990kW、容量8,000kWh、いわゆる2MW/8MWhの系統用蓄電池を想定します。
土地取得、工事費、系統接続費を含む初期投資額は約6億円とします。
この蓄電池が一次調整力市場に全コマ応札し、1日48コマのうち36コマが約定、年間355日稼働、単価19.51円という条件で運用された場合、年間収益は約4億5,000万円に達します。
結果として、投資回収期間は約1年半を切る水準となります。
これは電力インフラ投資としては極めて異例であり、FIT太陽光発電の標準的な回収期間(6〜7年)と比較しても突出しています。

4. 機会費用という概念の誤用
需給調整市場のガイドラインでは、応札価格は機会費用、すなわち逸失利益に一定額を上乗せした水準で設定すべきとされています。
(OCCTOガイドライン:https://www.occto.or.jp/market/adjustment/)
しかし、19.51円という価格を正当化するためには、JEPXスポット価格が30円/kWh前後で推移する必要があります。実際のシステムプライスが12円前後で推移している現状では、この説明は成立しません。

5. 欧州FCR・aFRRとの価格設計比較
欧州では、ENTSO-Eが広域で調整力市場の設計を担っています。(https://www.entsoe.eu/)
FCRおよびaFRRは完全なオークション制に基づき、異常な高価格が長期間固定化しない構造を持っています。ドイツのFCR市場では、価格は数ユーロ/MW/時の水準に収れんしています。
日本の19.51円という水準は、初期導入期を超えても維持された過渡期価格であり、今回の7.21円への引き下げは、欧州型市場設計への接近と捉えることができます。
参考情報・参考リンク
資源エネルギー庁
https://www.meti.go.jp/
電力広域的運営推進機関(OCCTO)
https://www.occto.or.jp/
日本卸電力取引所(JEPX)
https://www.jepx.jp/
ENTSO-E
https://www.entsoe.eu/