金(ゴールド)はなぜ急騰しているのか【第1回】米ドル基軸通貨体制の信認低下と中央銀行の「金回帰」

· DS構造研,電力速報

直近の金価格は、1オンス4,332ドル。直近では銀の乱高下に連れて調整しているが、1年間で64%上昇し、今後もさらなる上昇を見込む専門家も多い。

それではなぜ金は高騰しているのか?

それは米ドルという基軸通貨体制の信認が揺らいでいることが構造的要因の1つである。つまり、米ドルに対して、相対的に金の信認が高まっているということだ。

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準備通貨の構成変化

とはいっても、米ドルは依然として世界最大の基軸通貨である。

しかし、その地位が「絶対的」であり続けているかと問われれば、答えは慎重にならざるを得ない。

近年、世界の中央銀行による外貨準備の構成には、明確な変化が現れている。名目上は緩やかであっても、その内実を丁寧に見ていくと、米ドルへの依存度が徐々に、しかし確実に低下していることが読み取れる。

国際通貨体制を定点観測する上で、最も参照される統計の一つが、国際通貨基金(IMF)が公表する「公式外貨準備の通貨構成(COFER)」である。これによれば、2025年第3四半期時点で、各国中央銀行が保有する外貨準備に占める米ドル建て資産の比率は56.9%まで低下した。これは1994年以来の最低水準であり、直近数四半期にわたって低下傾向が続いている。

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ここで注意しておきたいのが、これは「ドル離れ」が急激に進んでいることを意味しない点である。

実際、外国中央銀行が保有する米国債や米ドル建て証券の残高そのものは、過去10年ほど大きく減少していない。むしろ横ばい、あるいは緩やかな増加すら確認されている。

ドルのシェア低下の主因は、他通貨建て資産が増加し、分母である外貨準備総額が拡大していることにある。

この「他通貨」の中核をなしているのが、IMFの分類でいう「非伝統的準備通貨」である。豪ドルやカナダドル、人民元といった比較的流動性の高い通貨に加え、小規模通貨への分散が進んでいる。

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中央銀行は、もはや準備資産をドルとユーロだけに集中させる時代ではないと判断しているのである。

中央銀行による金保有の拡大

こうした通貨分散と並行して、もう一つ極めて重要な動きが進んでいる。それが、中央銀行による金保有の拡大だ。

世界の中央銀行が保有する金準備は、現在おおむね3万6,000トン前後に達していると推定されている。これは過去数十年で見ても高水準であり、特に2022年以降、中央銀行は年間1,000トン前後の金を純増させてきた。

この動きの背景には、ウクライナ戦争を契機とした国際金融秩序への不信がある。

外貨準備として保有していた資産が、制裁によって凍結され得るという現実は、多くの国にとって衝撃だった。法定通貨は国家への信認によって成り立つが、その信認が地政学的対立によって左右される以上、価値の源泉を国家に依存しない資産、すなわち金の重要性が再評価されるのは必然である。

ここで、金保有の意味を数量ではなく「価値」で捉えてみよう。

仮に金価格を1トロイオンスあたり4,400ドルとすると、中央銀行が保有する約3万6,000トンの金は、ドル換算でおよそ5兆ドル規模に達する。

IMFが公表する世界の外貨準備総額が約13兆ドル前後であることを踏まえると、金はすでに無視できない比重を占める準備資産となっている。

この視点を加えると、見え方は大きく変わる。外貨準備全体を100%としたとき、米ドル建て資産の比率は約57%である。しかし、そこに金という「通貨ではないが準備資産である存在」を加味すれば、実質的なドル依存度はさらに低下する。ドルは依然として最大の準備通貨であるものの、「ドル一極集中」の構図は、すでに過去のものになりつつある。

歴史は繰り返す

これは、1970年代以降の歴史とも重なる。ドルのシェアは1977年に85%超というピークを記録したが、その後、高インフレと金融不安を背景に急低下し、1990年代初頭には50%を割り込んだ。今回の低下局面は、その再来ではないにせよ、中央銀行が再び「ドルへの全面的な信認」を見直し始めていることを示唆している。

結論として言えるのは、米ドルの基軸通貨としての地位は「崩壊」していないが、「相対化」されているという点である。通貨構成だけを見れば緩やかな変化に過ぎない。しかし、金を含めた準備資産全体の構造を見ると、中央銀行は明確にリスク分散を進めており、その帰結としてドルの比重は静かに、しかし確実に低下している。

米ドルは今後も世界金融の中心であり続けるだろう。

だが同時に、金という古典的資産を再び中核に据えた「多極的な準備通貨体制」へと、世界はすでに歩み始めている。その変化は目立たないが、無視できない現実となりつつある。