【解説】市場連動型電気料金の現在地:小売事業者の競争戦略とは?

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市場連動型電気料金の現在地

日本における「市場連動型電気料金」は、2021年の市場価格高騰や、その後の世界的なエネルギー危機を経て、電力小売市場における「諸刃の剣」から「不可欠な選択肢」へとその立ち位置を大きく変えつつあります。

そこで今回は、市場連動型プランの導入状況と仕組みを整理した上で、経済産業省や消費者庁が示す懸念、そして電力小売事業者が取るべき戦略について、低圧(一般家庭)および高圧(法人)の両面から詳説します。

1. 市場連動型電気料金の日本における導入状況と背景

かつて日本の電気料金は、地域電力会社による「規制料金」や、新電力による「固定単価型(電源調達費調整あり)」が主流でした。しかし、電力卸売市場(JEPX)の価格が1kWhあたり0.01円を記録するような「供給過剰時間帯」が増える一方で、燃料高騰や冬場の需給逼迫による「激しいスパイク(価格急騰)」が常態化し、従来の固定単価モデルでは小売事業者の経営を圧迫するようになりました。

現在、電力市場では「リスクを事業者がすべて背負う固定プラン」から「リスクとメリットを顧客と分かち合う市場連動型」へのシフトが加速しています。

市場連動型プランの基本構造

市場連動型プランは、一般的に以下の要素で構成されます。

電気料金 = 基本料金 + (JEPXスポット価格 × 使用量) + 託送誤差等 + 再エネ賦課金

この仕組みにより、事業者は逆ざやリスクを回避でき、消費者は「市場が安い時に電気を使う」という行動変容(デマンドレスポンス)によって、トータルの電気代を抑制する機会を得ます。

2. 低圧・一般家庭向け市場:普及の現状と行政の視点

U-POWERの躍進

家庭向け市場で特筆すべきは、株式会社U-NEXT HOLDINGS傘下の「U-POWER」の躍進です。

同社は、徹底したデジタルマーケティングと、エネルギー情勢に敏感な層を取り込むことで、短期間でシェアを拡大させました。

特に「太陽光発電の出力制御」が頻発する九州電力管内などでは、昼間の市場価格が0.01円に張り付く日も多く、市場連動型を導入している家庭では昼間にEV(電気自動車)充電やエコキュートを稼働させることで、コストダウンが期待できます。

こうした「賢い消費」を促すユーザー体験(UX)の提供が、従来の電力会社にはない強みとなっています。

3. 高圧・事業者向け市場:経営戦略としての活用とメニュー類型

法人の高圧需要家(工場、オフィスビル、店舗等)にとって、市場連動型はもはや「博打」ではなく、「エネルギーマネジメントの主役」となっています。

高圧市場におけるメニューの多様化

単なる「100%市場連動」では企業の予算策定が困難になるため、現在多くの小売事業者が以下のような多様な選択肢を提供しています。

完全市場連動型:

  • すべての電力量料金をJEPXに連動させるプランです。蓄電池や自家発電設備を持ち、市場価格の変動に合わせて自ら稼働調整ができる企業に適しています。

部分市場連動型:

  • 基本負荷(ベース部分)は固定単価とし、それを超える変動分や一定割合を市場連動とするプランです。予算の予見性を一定程度保ちつつ、市場価格が安い時間帯の恩恵を受けたい企業に選ばれています。

市場連動+上限付きプラン:

  • 市場価格が一定水準(キャップ)を超えた場合、小売事業者がその差額を補填する仕組みです。市場連動のメリットを享受しつつも、極端な高騰リスクを回避したい、安定経営重視の病院や介護施設などに適しています。

昼間割引・夜間市場連動型:

  • 太陽光発電が増える昼間を固定の安価な単価に設定し、夜間のみ市場連動とするプランです。冷蔵・冷凍設備を持つスーパーや、製造ラインが昼間に集中している工場にとって非常に合理的な選択肢となります。

具体的な企業の取り組み

高圧領域では、シン・エナジーやしろくま電力(旧afterFIT)、さらには老舗の丸紅新電力などが、こうした多様なメニューを積極的に展開しています。

特に、製造業などの大口需要家においては、月間の平均単価で見るのではなく、30分ごとの単価を「生産計画」に直接落とし込む工夫が見られます。例えば東京電力管内の製造業A社では、JEPXが安い「10時〜14時」に稼働を最大化し、高騰しやすい「17時〜20時」をメンテナンスに充てることで、平均単価を大幅に抑制しています。

4. 政が示す「否定論調」の正体と公式文書の動向

一方で、行政側の反応はやや慎重です。

2021年1月の市場高騰時、1ヶ月の電気代が数万円から十数万円に跳ね上がった消費者が相次いだことが、現在もトラウマとして残っています。

消費者庁の懸念:

最大の懸念は「理解不足による契約」です。高齢者や情報弱者が、単に「安くなる」という謳い文句だけで契約し、厳冬期に高額請求を受けて生活が破綻するリスクを重く見ています。2024年以降、小売事業者には「契約前のシミュレーション提示」と「市場高騰リスクの書面による明文化」がこれまで以上に厳格に求められています。

経済産業省(資源エネルギー庁)の意向:

以下の観点から、小売事業者が市場に100%依存することを危惧しています。

  1. 消費者保護の不十分さ: 高騰時の国民生活への影響。
  2. 小売事業者のリスク転嫁: 調達リスクを消費者に丸投げしているという批判。
  3. 供給力確保への懸念: 市場依存による発電所投資の停滞。

特に市場が動かない(停電や不足)時に、価格信号だけで需給を調整することの限界を指摘しており、事業者に対しては、市場高騰時でも一定の「上限設定」や「固定比率」の維持、十分な説明義務を求めています。

資源エネルギー庁が2024年9月に公表した資料等では、市場連動型プランについて明確に「課題」として記述されています。

  • 社会的不安の増大防止: 「市場高騰時における需要家への影響や、それによる社会的不安の増大をどう防ぐかが課題である」と明記されており、無秩序な普及に対する警戒感を示しています。
  • ガイドラインの改定: 「電力の小売営業に関する指針」において、安くなる可能性だけでなく「過去の最大高騰時にいくらになったか」を具体的な金額で示すことや、激変緩和措置(上限設定や分割払い)の検討を事業者に義務付けています。

業界内では、「経済産業省は、市場連動型に否定的」という論調も一部にありますが、筆者は「仕組みそのものの否定」ではなく、「無防備な普及に対する警告」を与えているのではと推定しています。

従って、電気事業者と需要家がフェアに、バランスよく、スマートな方法でリスクをシェアすることで全体として原価を下げて、電力システムの安定化向上に寄与するのが望ましい方向性だと考えます。

5. 小事業者はどう対応すべきか?

市場連動型への移行が進む中で、小売事業者が行政の懸念をクリアし、生き残るためには以下の3つの「工夫」が不可欠です。一部の事業者は既にその取り組みを実装フェイズに移しています。

インセンティブ設計とリスクの可視化

単に「高いから使うな」という警告ではなく、「今なら安い」というポジティブな案内をする「でんき予報」のシステム連携が必須です。また、「過去5年で最も高騰した月」のネガティブ・シナリオを契約前に提示する誠実さが、消費者庁や経産省からの信頼に繋がります。

「キャップ(上限)付き」等のハイブリッド化

一定の単価を超えた分を小売側が負担する仕組みを導入し、行政が懸念する生活破綻リスクを自らヘッジすることが、競争力の源泉となります。

デバイスとのセット販売(VPPへの布石)

シェアを伸ばす企業が次に見据えている一つの方向性が、「市場連動型料金 + 蓄電池・EV + 制御AI」のパッケージです。

AIが市場価格を読み取り、自動で蓄電池を制御する「自動化」こそが、市場連動型をリスクから「スマートな武器」へと変える決定打となります。

まとめ:これからの電力小売の在り方

2025年、日本の電力市場は大きな転換点を迎えています。

小売事業者は、市場のボラティリティを需要家に押し付けるのではなく、「価格の波を乗りこなすためのツール」*提供するパートナーへと進化しなければなりません。

行政の懸念を適切にクリアし、テクノロジーによる解決策を提示できれば、市場連動型は今後、日本で最も標準的な料金モデルへと成長することが期待されます。