【解説】ベースロード市場の全貌と実務戦略:2025年に向けたイコールフィッティングの再定義
【解説】ベースロード市場の全貌と実務戦略:2025年に向けたイコールフィッティングの再定義
はじめに:電力システム改革の試金石
日本の電力自由化において、石炭火力や原子力といった安価で安定した「ベースロード電源」へのアクセス環境を整備することは、新電力の競争力を左右する最重要課題でした。本稿では、資源エネルギー庁の公式資料を基軸に、激動する2023-2025年の市場環境と、実務者が直面する具体的な取引手順について詳説します。

かつて、日本の発電容量の約9割は旧一般電気事業者が保有しており、新電力は価格変動の激しいスポット市場への依存を余儀なくされてきました。この構造的不平等を解消し、小売競争を促進するための仕組み(イコールフィッティング)として、2019年7月に日本卸電力取引所(JEPX)内に「ベースロード市場(BL市場)」が創設されました。
基本仕組み:旧一般電気事業者および電源開発(J-POWER)が、自社保有のベースロード電源(石炭、水力、原子力、地熱)の一定量を、オークション形式で他社に供出する義務(または任意)を負う制度です。
2. 取引量の推移:2022年から2025年最新動向まで
2019年度の開始以降、約定量はエリアによって偏りがあるものの、段階的に制度改善が図られてきました。
2021年度実績: 初めて「第4回オークション(1月下旬実施)」が導入されました。これは前3回で約定しなかった残量を、供出義務を課さずに任意で募るものでしたが、燃料価格高騰の影響を受け、売手の慎重な姿勢が浮き彫りとなりました。
2022年度後半からの燃料価格高騰(ウクライナ情勢等)により、BL市場の役割は「安価な電源確保」から「リスクヘッジ」へと変質しました。
2023年度取引: スポット市場の平均単価が落ち着きを見せる一方で、BL市場の約定価格が相対的に高く推移する「逆転現象」が発生。これにより、買い控えが一部で見られました。
2024年度実績(2025年度受渡分):約定量の急減: 2024年に入り、第4回オークションの約定量は前年比で5割近く減少しました。
価格乖離の深刻化: 売手の提示する「システムプライス+燃料費調整」を反映した価格と、買手の希望価格が噛み合わず、札割れ(約定せず)が常態化しています。
2025年度の展望:「同時市場(Co-optimization)」の議論が加速しており、BL市場単体での取引ではなく、容量市場や需給調整市場との価値の最適化が求められるフェーズに入っています。
3. 取引の実務
ベースロード市場への参加を検討する「売り手(発電者)」と「買い手(小売電気事業者)」が知っておくべき実務プロセスを詳説します。
① 参加登録と資格要件
JEPX会員資格: BL市場に参加するには、まず日本卸電力取引所(JEPX)の取引会員である必要があります。
預託金の準備: 2021年度の改善により、預託金水準は落札総額の1%に引き下げられましたが、依然としてキャッシュフローの計画が必要です。
② オークションのスケジュールと特性
年間4回のオークション(通称:第1回〜第4回)が実施されます。
第1回〜第3回: 通常、受渡前年度の5月、9月、12月に実施。旧一般電気事業者に供出義務があります。
第4回: 1月下旬に実施。「供出任意」であり、スポット市場の動向を見極めた後の最終調整の場となります。
③ 売り手(発電者)の具体的戦略と義務
供出義務量の算定: 旧一般電気事業者は、自社保有ベースロード電源の一定比率(ガイドラインで指定)を供出する義務があります。
価格設定の論理: 「限界的な可変費」に基づく価格設定が求められますが、昨今の燃料費高騰局面では、燃料調達の予見性が低い中での価格提示が課題となります。
④ 買い手(小売事業者)の具体的戦略
ベースロード比率の決定: 自社の需要カーブの「底(ベース部分)」がどれくらいかを精査し、全需要の何割をBL市場で固定するかを決定します。
値差リスク(エリア間値差)の把握: 資料(2022年)でも指摘されている通り、連系線の空容量不足により、エリア間で価格差が生じます。自社の供給エリアと電源の所在エリアが異なる場合、託送費や値差リスクが追加コストとなる点に注意が必要です。
相対契約との比較: BL市場価格が、大手電力会社との相対契約やJEPXスポット価格の予測と比較して優位性があるかを、30分単位のシミュレーションで検証する必要があります。
4. 情勢変化と発生した新課題
現在、以下の課題が発生しています。
課題1:燃料費調整制度との不整合
BL市場の約定価格は固定ですが、実際の燃料価格が想定を上回った場合、売り手は逆ざやとなり、逆に下がった場合は買い手が高値掴みとなります。これに対応するため、「燃料費調整額を反映させるオプション」の議論が続いていますが、制度の複雑化を招いています。
課題2:エリア間値差(地域間連系線の制約)
東北ー東京間や東京ー中部間などの連系線利用において、BL市場の落札分が優先されるわけではありません。スポット市場の混雑状況によっては、せっかく安く落札しても、高い値差補填金を支払うリスクがあります。
課題3:インバランスリスク
BL市場で調達した電気は、計画値通りに使用することが前提です。需要予測が外れ、計画と実績が乖離した場合、多額のインバランス料金(ペナルティ)が発生します。特に太陽光発電を多く抱える新電力にとって、ベースロード電源の「調整力のなさ」はデメリットにもなり得ます。
5. 小売電気事業者への実務的アドバイス
市場連動型プラン(前述)を展開する小売事業者にとって、BL市場は「安定した仕入れ価格のアンカー」になり得ます。
活用例: 市場連動型プランを販売しつつ、その「ベース部分」だけをBL市場で固定調達することで、全量を市場に晒すリスクを軽減する。
監視の徹底: 経済産業省の「電力・ガス取引監視等委員会」は、売り手による不当な高値付けや、不当な供出拒否を厳格に監視しています。不自然な約定価格の動きがある場合は、公的な通報窓口を活用することも実務上重要です。
2025年度に向けた展望
ベースロード市場は、当初の「旧一電からの電源開放」という役割を一定程度果たしましたが、現在は燃料価格の激しい変動と、再エネ導入拡大という新たな波にさらされています。
資源エネルギー庁が2024年末にかけて議論している「同時市場化」が実現すれば、ベースロード市場という単体の枠組みは、より柔軟な「先行取引」の形へと昇華される可能性があります。実務者は、単なる価格比較に留まらず、送配電網の空容量、連系線の値差リスク、そして将来的な同時市場への移行を見据えた、多角的な電源調達ポートフォリオを構築することが、2025年以降の生き残り戦略となります。
小売事業者は、経産省の審議会(電力・ガス基本政策小委員会)の最新動向を常にウォッチし、制度の隙間に潜むリスクと機会を的確に捉えることが求められます。