金(ゴールド)はなぜ急騰しているのか【第2回】出遅れる日本政府と個人

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金保有で出遅れる日本政府と個人~グローバル金融の構造転換

地政学リスクの高まり通貨体制の変容は、世界の中央銀行と法人・個人投資家の資産配分戦略を根本から変えつつある

ロシア・ウクライナ戦争以降、外貨準備における金シフトが加速する中、日本は米国債依存からの脱却という課題に直面している。

地政学ショックが変えた世界の資産配分

ロシア・ウクライナ戦争以降、外貨準備の通貨分散と金シフトが一段と進んだ。西側諸国によるロシア資産の凍結は、外貨準備が政治的に凍結され得るという前例を生み、国際決済システムそのものへの疑念を拡大させた。この出来事は、グローバルサウスを中心に、ドル建て資産だけに寄せることへの警戒を強め、非同盟国の自衛意識を高める転機となった。

こうした環境下で、金が持つ独自の機能が再評価されている。インフレに強いことはもちろん、金は発行体リスクを持たず、カウンターパーティーリスクがゼロであり、地政学ショック時にも持ち運べる信用として機能する。ドルや他国通貨と異なり制裁対象にならない資産として、国際的な流動性と信認、そして長期的な価値保存機能が改めて認識されている。

今般のベネズエラ有事を契機に、例えば中国に予め現物資産を避難させる(西側でスイスに資産を逃避させるのと同じように)などの動きがグローバルサウス各国で加速することも容易に想像される。

中国の戦略的な金積み増しとドル依存の低減

中国は外貨準備に占める金比率こそなお低いものの、金の保有残高を着実に積み増し続けている。2025年時点で2,298.5トンを保有し、世界第6位の金保有国となっている。

ゴールドバグ(金オタク)の間では、国営銀行等を含め、実は公式統計に表れない巨額の金が公式統計値以外にも積み増されているという噂もある(真偽不明)。

米中対立が深まる中、中国はドル建て資産への集中を戦略的に避け、金の積み増し人民元の国際化二国間決済網の拡充を三位一体で推進している。ロシア資産凍結の事例は中国にとって重要な教訓となり、金の積み増しは潜在的な経済制裁に対する保険として位置づけられている。

中央銀行の金保有ランキング

WGCのデータ(2025年9月時点)によると、中央銀行の金保有上位国には明確な地政学的パターンが見られる。欧米先進国と新興国の双方が、それぞれ異なる理由から金を重視している。

米国が圧倒的首位を維持する一方で、欧州主要国は歴史的に厚い金保有を継続している。一方で、日本は845.9トンで世界9位に位置するが、経済規模や対外純資産の大きさを考慮すると、相対的に控えめな保有水準と言える。

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米国債保有高ランキング

一方で、米財務省の統計(2025年11月時点)が示すのは、日本の突出したドル債券・預金への資産への集中である。日本は1兆ドルを超える米国債を保有し、世界最大の米国債保有国となっている。

2位の中国を約3,200億ドル上回るこの水準は、流動性と安全性を重視してきた結果であり、米国との同盟関係の強さを反映している。

通貨体制の変容期においては、分散の余地を示唆する数字でもある。

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日本の資産配分が抱える構造的課題

日本は対外純資産が大きい世界最大級の債権国でありながら、準備資産と運用の中核が米国債などドル建てに寄りやすい構造を持つ。経常収支黒字の蓄積が、必ずしも多様な資産配分につながっていない

米国債は流動性が高く、危機時の換金性という明確な利点を持つが、ドルの信認がじわりと低下する局面では、その集中がアキレス腱になり得る。単一発行体への過度な依存は、分散投資の原則に反する

金の積み増しは万能薬ではないが、単一の発行体への依存を薄める保険として、各国が再評価しているのが実態であり、日本も政府レベルで検討すべき段階に来ているといえよう。

欧米と日本の金保有戦略の比較

ドイツ、イタリア、フランスなど欧州主要国は、ブレトンウッズ体制崩壊後も通貨主権の象徴として金を重視し、外貨準備の20〜70%を金で保有してきた。

米国は基軸通貨体制のバックアップとして8,133トンという世界最大級の金を維持し、金融危機時の安定装置として、外貨準備の約70%を金で支えている。

これに対し、日本の金保有は絶対量では上位に位置するものの、外貨準備全体に占める比率は約4%と極めて低い。流動性重視の運用方針や同盟関係への配慮、保守的なリスク管理が、分散化の議論を後回しにしてきた。

個人金融資産の現物資産を含めた分散化の必要性

日本の個人金融資産は約2,100兆円に達するが、その54%が現預金に滞留しているという調査もある。これは欧米の30〜40%と比べて著しく高い。

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株式や投資信託の比率は14%にとどまり、インフレ局面での購買力低下リスクに脆弱な構造である。その株式・債券にしても、フィアットカレンシーに対する信認が低下するなかで、インフレを万全にヘッジできる手段とは必ずしもいえなくなってきている。

そんな中で金や貴金属の保有比率は1%未満である。

グローバルな通貨体制の変容期において、個人投資家も円建て現預金と米国債投信の組み合わせだけでなく、金や他の実物資産を含めたポートフォリオの再構築を検討すべき時期に来ている。

例えば米国モルガンスタンレーは伝統的な株式60:債券40というポートフォリオから、株式60:債券20:金20への転換を推奨している。

時代とともに変化する安全資産の定義

基軸通貨としてのドルの地位は当面揺るがないと思われるが、国際決済や外貨準備における相対的なシェアは低下傾向にある。多極化の流れは不可逆である。

安全資産の定義は、米国債一択から米国債と金、非伝統通貨を組み合わせた形へと複線化していく。BRICS通貨構想、二国間通貨スワップの拡大、デジタル通貨の台頭など、ドル中心システムを補完・代替する動きも活発化している。

日本政府・個人が取るべき資産防衛策

こうした状況を踏まえると、日本政府が保有する外貨準備については、米国債への集中度を緩やかに引き下げ、金保有比率を5〜10%程度まで引き上げることを、10年程度の時間軸で計画的に検討すべきではないだろうか。

もちろん、相手はトランプ政権であるので、そう簡単にはいかないだろうが、したたかな「二枚舌」が必要な時にきているし、もしかしたら関税交渉のひとつのカードとして使えるかもしれない。

一方で、個人投資家も、NISAやiDeCoの導入により、国内・海外の株式・債券への移行が進みつつある。金・銀ETFや現物資産への分散投資を促す仕組みを整備・強化し、金融リテラシー教育の中に通貨リスクとインフレリスクへの備えを明示的に組み込む必要があるだろう。

海外に目を転じれば、ECBは既に、EU発行債券の導入を契機に、基軸通貨の一翼を担う野心的アプローチを明確にしている。

日本としても、地政学リスクと通貨体制の変容が同時進行する現在、日本は世界最大の債権国という強みを活かし、より柔軟でレジリエントな資産配分戦略へと舵を切るべきである。

もともと日本は1980年代に円の国際化を図った時期があるが、その時は様々な要因で、その推進を断念した経緯がある。ASEAN+3の通貨スワップ拡充やアジア債券市場の育成など、米国ににらまれぬよう、穏やかにドル一極集中を緩和する地域金融協力を日本が主導することが求められるだろう。