金はなぜ爆上がりしているのか?【第一回】
金はなぜ爆上がりしているのか?【第一回】
DS構造研究所長 酒井直樹

最近、「金が高すぎる」「いや、まだ上がる」という議論をよく目にします。
金は配当も利息も生まない資産です。それにもかかわらず、なぜ世界中で買われ続けているのでしょうか。これは、単なる短期の需給や投機だけでなく、もう少し、長く広い視点で考えた方がよいのだろうと考えています。

- 短期:インフレと低金利によるキャッシュ回避
- 中期:地政学リスクと中央銀行の金準備増加
- 長期:米国一極体制と資本主義モデルへの構造的懸念
以下ご説明させていただきます。

金の長期トレンドを語る出発点は、1971年です。
1971年、米国は ニクソン・ショック により、ドルと金の交換を停止しました。
それまで金は、
1トロイオンス=35ドル
という固定価格でした。
金本位制の終了は、単なる制度変更ではありません。
それは、通貨の価値を金という実物から切り離し、信用によって支える世界への転換を意味していました。
それ以降、金価格は市場で自由に決まり、長期的には一貫して上昇します。
仮に35ドルから将来4,500ドル水準まで上がるとすれば、約128倍です。
これは「金が128倍になった」という話であると同時に、
ドルの購買力が長期的に大きく低下してきた
ともいえるかもしれません。
「金が128倍になった」のではなく、「ドル紙幣の価値がインフレで128分の1になった」という考え方もできるということです。

では、同じ期間に米国株はどうだったのでしょうか。
代表的な指数である ダウ・ジョーンズ工業株平均 を見てみます。
- 1971年: 約900
- 2025年: 約38,000
価格ベースでは、約42倍です。
配当を再投資したトータルリターンでも、概ね90〜100倍程度とされています。
つまり、
- 金: 約128倍
- ダウ平均(配当込み): 約90〜100倍
となり、結果的に金の伸びの方が大きかったことになります。
もちろん、現在の金価格が高すぎる可能性はあります。
ただ少なくともこの50年を振り返ると、
「株を持っていればインフレに完全に勝てた」
とは必ずしも言えません。

レイ・ダリオが語る「覇権国家のサイクル」
この長期的な視点を、より明確に言語化してきた人物の一人が
レイ・ダリオ です。
ダリオは、国家や経済を「長期債務サイクル」と「覇権の循環」という枠組みで捉えています。
彼は数年前まで、
- スペイン
- イギリス
- アメリカ
と覇権が移ってきた歴史を踏まえ、
次は中国が台頭する可能性が高いと主張していました。
その背景には、
・米国の巨額の財政赤字
・社会的分断
・債務依存の経済構造
があります。
ただし近年、ダリオの論調はやや変化しています。
中国自身も、不動産不況、人口減少、成長率低下といった深刻な構造問題を抱え、中国一国が覇権を握る未来は不透明になってきました。
それでもダリオは一貫して、
米国一極体制とドルを軸とした金融システムが転換点に近づいている
という点には警鐘を鳴らし続けています。

フォース・ターニングという「歴史の季節論」
ダリオの見方と重なる理論として知られているのが、
「フォース・ターニング(Fourth Turning)」です。
これは、歴史学者のウィリアム・ストラウス とニール・ハウ
が提唱した考え方です。
彼らは、歴史は直線的に進むのではなく、
約80〜100年の周期で「春・夏・秋・冬」のように循環すると説明します。
第四段階であるフォース・ターニングは、
・既存制度の限界
・金融危機
・戦争や地政学的緊張
を通じて、社会の枠組みが再編される「危機の時代」とされます。
現在は、
・グローバル化の逆回転
・国家債務の膨張
・分断の進行
といった現象が同時に起きており、まさにフォース・ターニング的な局面にあると解釈する人も少なくありません。

米国が築いた体制が揺らぐとき、何が起きるのか
第一次世界大戦後、そして第二次世界大戦後、米国は
・ドル
・金融市場
・国際機関
を軸に、現在の経済・社会・金融体制を築いてきました。
この体制は、
「成長する経済」
「信用される通貨」
「拡大する市場」
を前提としていました。
しかし今、その前提が少しずつ揺らいでいます。
成長は鈍化し、財政赤字は常態化し、分断は深まっています。
このような環境では、
株式や通貨といった制度依存の金融資産だけでなく、
どの国の信用にも直接依存しない実物資産が再評価されやすくなります。
その代表例が、金です。
金価格高騰はバブルなのか?
もちろん、今の金価格が高すぎるという見方もあります。
例えば、BIS などは、価格の過熱に警鐘を鳴らしています。
歴史的に見ても、金は急騰と急落を繰り返してきました。
4,500ドルを意識する局面があったとしても、3,500ドル程度まで調整するリスクは常にあります。
それでも、金がここまで注目されている事実そのものが、
世界の前提条件が変わりつつあることを示しているのは確かです。

おわりに:金は「答え」ではなく「問いかけ」なのではないか?
金は万能ではありません。
しかし、金が上がり、株式が相対的に劣後してきた(少なくとも現時点で)この50年は、
「通貨とは何か」
「成長とは何か」
「資産とは何か」
を考える材料を私たちに突きつけています。
金は答えではありません。
けれども、今の世界を考えるための、とても分かりやすいテーマの問いかけではないでしょうか?