[解説]電力・ガス基本政策小委員会:2024中間とりまとめ案から複雑化する電力市場を読み解く
[解説]電力・ガス基本政策小委員会:2024中間とりまとめ案から複雑化する電力市場を読み解く
2024年、経済産業省の「電力・ガス基本政策小委員会」は、電力システム改革の10年を総括し、次のフェーズに向けた中間とりまとめ案を公表しました。
これを受け、2025年にかけて制度の実装が加速しています。特に、価格変動リスクを抑えるため「電力先物市場」の活用が官民で推進され、JEPXの現物価格と先物価格の連動性を高める指標整備が進みました。

また、2025年度からは「発電側課金」が本格導入され、送配電網の維持コストを発電側も負担する仕組みへと移行しています。これにより、市場価格だけでなくコスト構造全体での最適化が図られています。
今、求められているのは「脱炭素」「安定供給」「安定価格」を同時に実現する全体最適の視点です。本記事では、報告書が示す市場改革の方向性と、2025年現在の最新状況をピックアップして解説します。
そこで、2024年に公表された文章を今一度深堀りしてみます。

中間とりまとめ抜粋:将来の電力システムを支える取引市場の全体像
「これまで料金規制と地域独占によって実現しようとしてきた『安定的な電力供給』を国民に開かれた電力システムの下で、事業者や需要家の『選択』や『競争』を通じた創意工夫によって実現する方策が電力システム改革である。」
この専門委員会報告書を基に2013年4月2日に「改革方針」が閣議決定されてから10年以上が経過した。安定的な電力供給が国民生活や経済活動を支える基盤であることに変わりはなく、継続する物価高や国際的な産業誘致競争の激化等の中で、その重要性は一層増している。
今回、検証の中で、これからの電力システムが目指すべき方向性を整理し、そのために必要となる電力システムの構築に向けた課題や対応方針をまとめ、事業者に求められる役割・機能を整理した。
今後、制度の実装に当たっては今回とりまとめた内容をより詳細に具体化していくこととなるが、その際に留意しなければならないことは、電力システムのような複雑なシステムにおいては、部分最適が全体最適を毀損するような場合も起こり得ることである。
従来、短期から中長期にわたる安定供給の実現、それに必要な電源投資の確保等については、一般電気事業制度のもとで地域独占、供給義務、料金規制によって担保してきたが、自由化された電力システムの中では、広義の取引市場を通じてこれを実現していく必要がある。このような観点から、電力システムに関する取引市場について、それぞれの関係性を整理しておくことは、電力システム全体として効率的に量・価格の両面で安定的な電力供給を実現する上で重要である。以下では、これから構築を目指していく電力システムを支える取引市場の全体像を整理した。
(1)電力システムに関する取引市場の全体像と卸電力市場が直面する課題

専門委員会報告書においては、市場機能の活用が一つの柱として掲げられており、スポット市場を始めとする卸電力市場の活性化によりもたらされる効果として、
- 広域メリットオーダー
- 経済合理的な電源保有の実現
- 発電部門の競争促進
- 新電力の電源調達の円滑化
- 需給調整機能の向上
が挙げられていた。特に、卸電力市場の厚みが増すことにより、
- 新電力にとっての供給元の多様化、
- 取引所価格の安定化、
- 客観性の高い電力価格指標の形成
に資することが期待されていた。
現在、スポット市場での電力の取引量が、全需要の3割程度に達するなど、電力システム改革が始まって以降、卸電力取引所の市場の厚みは増しているが、当初期待されていた効果がすべて発現しているわけではない。
また、先渡市場の活性化が進んでいない中、ヒアリングにおいては、特に中長期を念頭に、電力の価格指標に課題があるといった指摘もあった。
スポット市場の価格は、入札価格(売りと買い)の交わる価格で決めるシングルプライスオークションで決定されることになる。
後述のとおり、基本的には系統全体で追加の1kWhを出力させる限界費用での入札がなされることで、実際に稼働している電源の平均費用とは乖離した価格設定になっている。
このため、再生可能エネルギーが安定して稼働している時間帯は価格水準が低くなる一方、燃料輸入価格が高くなった場合や再生可能エネルギーが天候の理由等で発電できなかった場合には高い水準になるなど、日単位でも年単位でも価格の変動幅が比較的大きい。
小売全面自由化後のスポット市場の価格水準については、2016年度から2019年度にかけて平均約定価格が10円/kWhを下回る比較的低い水準で推移してきている。
また、再生可能エネルギーを最大限に活用するという方針のもと、FIT認定を受けた可変費ゼロの再生可能エネルギー電源からスポット市場への供出量が大きく増加している結果、2019年度以降、スポット市場の約定価格が0.01円/kWhまで低下するケースも散見される。
一方、ロシアによるウクライナ侵略等の影響により燃料価格が高騰した2022年度には、スポット市場の年間平均約定価格がそれまでの倍以上の水準である20.41円/kWhまで高騰した。
小売電気事業者に実施したアンケートによれば、小売電気事業者が希望するスポット市場・時間前市場からの調達量は全調達量のうち6.5%である一方、実績では11.1%をスポット市場・時間前市場から調達している。
ここからは、小売電気事業者が希望どおりに中長期の電力調達を行えないために、結果としてスポット市場・時間前市場からの電力調達が大きくなっているとも考えられる。
上記のとおり、小売全面自由化後はスポット市場の価格が比較的低い水準で推移してきたことから、スポット市場・時間前市場からの調達実績が希望よりも大きいことが直ちに問題となることはなかったが、スポット市場価格が高騰する局面では、調達価格の高騰により、
- 小売電気事業の休廃止件数の増加、
- 需要家に提供される小売電気料金の高騰、
- 一般送配電事業者の最終保障供給で電力供給を受ける需要家の急増、
といった事態が生じている。
競争環境下にある発電事業者にとっては、実需給の断面においては、その持っている余力分について、スポット市場において限界費用で余剰電力を全量市場供出することが、基本的には、利益及び約定機会を最大化する経済合理的な行動であり、特に、旧一般電気事業者に対しては市場支配力の行使を抑止する観点から、限界費用での入札を求めている。
このような電力の供出を行った場合、入札価格に電源の固定費が含まれておらず、スポット市場価格が低い水準で推移する場合には、固定費の回収漏れが生じ得るが、スポット市場価格が高騰した場合には、固定費の回収ができると考えられる。
こうした市場の下では、価格の変動幅が大きく、卸収入の予見可能性が低いことから、新規電源投資の意思決定が困難になっているといった指摘がある。
また、小売電気事業者との間で長期相対契約が締結されない場合には、燃料を長期的に確保するインセンティブが低下し、安定的な燃料調達に悪影響を及ぼす懸念も生じている。
このように様々な影響が生じていることを踏まえれば、スポット市場に加えて、中長期の相対契約や市場取引の活性化を通じて、客観性の高い電力価格指標の形成につなげていく必要がある。
一方、中長期の相対契約や市場取引の活性化を図る上でも、電力システムの中で現在のスポット市場が果たしている役割が重要であることに変わりはない。
例えば、脱炭素化を推進する観点からは、変動費が安い再生可能エネルギーを最大限活用することが重要であるが、再生可能エネルギーの発電量は変動するため、需要にあわせて供給力を調整する必要が生じるので、実需給に近い断面で電力を取引できるスポット市場や時間前市場の機能は重要である。このため、現在のスポット市場のような機能を維持・活用していくことを前提とする。
(執筆者注:火力などの安定電源は中長期市場で、変動の大きい再エネはその補完としてスポット市場でとも読める。)
(2)検証を踏まえ、今後整理していく電力システムに関する取引市場の全体像
一連の電力システム改革を通じて、卸電力市場のほかに、電源容量の確保のための容量市場、調整力確保のための需給調整市場等がその必要性に応じて整備をされてきているが、有識者・実務者へのヒアリングの中では、それぞれの市場の機能や役割について整理すべきとの指摘もあった。
このため、今回の検証を通じて整理した課題と対応方針に沿って今後整理を進めていく取引市場・制度が、どのような機能・役割を果たすことになり、それぞれの関係性はどうなるか、整理を行った。具体的には、電力システムの中でそれぞれの取引市場等が果たすべき役割は以下の3種類に分類される。
- 供給力を確保するための取引市場・制度
- 量・価格両面で安定的な調達を可能とする中長期取引市場
- 効率的な広域メリットオーダー実現のための短期取引市場
① 供給力を確保するための取引市場・制度
全面自由化された環境の中で、電源の維持・確保に向けた安定的な電源投資を確保していくための取引市場等であり、既存の取引市場では、容量市場及び長期脱炭素電源オークション、予備電源制度がこれに該当する。
容量市場メインオークションにおいては、その年の保守や発電所の整備等に必要となる人件費等の固定費の一部は回収できているが、新設まで含めた電源投資を確保するには至っていない。
また、メインオークションは、1年毎に価格が変動する。この問題意識を受けて開始した長期脱炭素電源オークションにおいては、多額の投資を必要とする電源への安定的な固定費収入を保証することを念頭に、制度の運用が開始されつつある。
さらに、今回の検証を踏まえた今後の対応として、「電力の脱炭素化と安定供給を実現するため、事業期間中の市場環境の変化等に伴う収入・費用の変動に対応できるような制度措置」を行うこととしている。
加えて、電源開発に係る資金調達は、金利の高低が原価に影響を与えうるといった観点からも重要な要素であり、民間金融機関等が取り切れないリスクについて、公的な信用補完の活用とともに、政府の信用力を活用した融資等、脱炭素投資に向けたファイナンス円滑化の方策等を検討する。
今後、DX等により電力需要が増加していく可能性が指摘されている中で、同時にカーボンニュートラル実現のために電力システムの脱炭素化も進めていく必要がある。こうした状況下において、電力の安定供給と脱炭素化を両立するため、供給力を確保するための取引市場・制度の整備を通じて、民間企業による電源投資を促進し、必要となる供給力を確保していく。
なお、大規模災害等による電源の脱落や、需要の急増等の緊急時に備え、一定期間内に稼働が可能な休止電源を維持することを目的として、2024年度初回募集が実施された予備電源制度については、不断の検討を行っていく。
② 量・価格両面で安定的な調達を可能とする中長期取引市場
小売電気事業者にとっては中長期的に量・価格両面で安定的な調達を行うことができる取引市場であり、発電事業者にとっては客観性の高い電力価格指標の形成を通じて収益の予見可能性向上に資する取引市場である。
電力システム改革が進められる中で、卸電力取引所のうち、スポット市場での取引は大きく拡大している一方で、上述のとおり、スポット市場価格は変動幅が大きく、客観性の高い電力価格指標として用いることは難しい。
また、ベースロード市場・先渡市場での取引や相対取引を含め、中長期の電力取引を活性化させていく必要がある。旧一般電気事業者において内外無差別卸売も進められているが、各社の卸売条件を見比べることが困難であるなど、小売電気事業者にとって調達しにくいとの指摘もある。
こうした現状を踏まえ、今般の検証を踏まえた対応として、「小売電気事業者が供給力の調達手段や電源調達のポートフォリオをより多様化することができるよう、事業者間の公平性にも留意しつつ、現物の長期取引を含めた相対取引やブローカー経由の取引等の活用、先物市場・先渡市場・ベースロード市場等の市場を含む取引制度の拡充・再整備に取り組む」とともに、こうした市場の整備を前提に「量的な供給能力(kWh)の確保に関し、小売電気事業者に求める責任・役割やその遵守を促す規律」について検討を深めていくこととしている。
③ 効率的な広域メリットオーダー実現のための短期取引市場
実需給段階での効率的な広域メリットオーダーを実現するための市場であり、既存の市場では、供給力の取引を行うスポット市場・時間前市場、調整力の取引を行う需給調整市場がこれに該当する。
発電事業者と小売電気事業者は、それぞれBG(バランシンググループ)を構成し、中長期取引市場や相対契約によって確保した電源とこれらの短期市場での調達を組み合わせて、計画値同時同量に対応することとなる。
また、発電事業者や小売電気事業者は、計画値同時同量の達成に不足する部分を短期取引市場から調達することに加え、系統全体の電力需給に余裕があり、自らが確保している電源よりも安価な電力が売られていた場合、自らの電力を差し替えることにより広域メリットオーダーが実現される。
一般送配電事業者は、引き続き、周波数維持義務を果たすための調整力を確保する手段として需給調整市場を活用する。
一方で、今後、変動性再生可能エネルギーが更に増加していくことを考えると、短期取引市場において調達しなければならない供給力や調整力の絶対量が大きくなることが想定される。また、系統制約等を理由とした出力制御が徐々に生じていることを踏まえれば、より広域で全体最適を目指していく必要が生じている。
こうした問題意識から、今後の対応方針として、供給力と調整力を同時に約定させる仕組みの市場(同時市場)を導入するための検討を進めていくこととしている。
同時市場においては、発電事業者が登録した
- 起動費、
- 最低出力費用、
- 増分費用カーブ
の3つの情報に基づき、系統制約を考慮して、供給力と調整力を同時に約定させることとしており、これにより、電源の最適な配分が可能になる。
同時市場の導入により、これまでと同様に再生可能エネルギーの最大限の活用を前提としつつ、発電事業者・小売電気事業者の中長期取引市場における取引量等に関する登録情報を元にした供給力と調整力全体の最経済(短期的なメリットオーダー)が実現することが期待される。
また、系統制約を踏まえた約定を前提とした取引市場としていくことにより、系統混雑の状況がより明らかになり、電源投資や産業立地の最適化につながっていくことも期待される。
3)今後に向けて
電力システム改革からおよそ10年が経過する中、発電、小売の両分野において多くの事業者が参入し、事業者による創意工夫を発現するための市場整備が進んできたといえる。
一方、今後、DXの進展等による需要の増加が見込まれる中で、安定供給を大前提として、脱炭素電源や系統への投資を最大限進めるとともに、そこで得られる脱炭素電源を実需給断面において最大限活用していくことが求められる。
電力需要の増加や脱炭素電源の最大限の活用は、電力システム改革の検討段階ではそれほど強く意識されていたわけではなく、これまでの10年間とこれからの時代は全く違うフェーズにいると認識しなければならない。
戦後、電源開発が急務な中においては、9電力体制(後に10電力体制)を構築することで、発送配電一貫経営(垂直一貫体制)、地域独占、総括原価方式によって巨額の投資を長期にわたって回収しながら設備形成することを可能にし、高度経済成長を支える原動力となる安定的な電力供給が実現されてきた。
その後、電気事業を取り巻く環境の変化とともに累次の電力制度改革を経て自由化が進められ、特に、この10年余りの期間においては、国民に開かれた電力システムの下で、事業者や需要家の「選択」や「競争」を通じた創意工夫によって実現することを目指した取組が進められてきたが、その中で、供給力の確保など様々な課題に直面している。
この課題を克服していくためには、自由化の下で競争を生かしつつも、重複投資を排除した上で安定供給の確保や脱炭素化に必要な投資を確保していく仕組みが必要である。その仕組みとして、本章においてコンセプトを整理した「供給力を確保するための取引市場・制度」、「量・価格両面で安定的な調達を可能とする中長期取引市場」、「効率的な広域メリットオーダー実現のための短期取引市場」の3つの取引市場等を整備し、これらを最大限効率的に活用していく。
その際、電気事業者が取引市場を活用して創意工夫を発揮できるようにするには、競争上の事前規制や事後規制の在り方についても検討していく必要があると考えられる。また、状況が変化した場合には、柔軟にそれぞれの取引市場の役割を見直していく。
こうした取組により、電力システム改革による大きなメリットである事業者や需要家の「選択」や「競争」を通じた創意工夫を最大限に生かしつつ、安定供給の確保・脱炭素化・安定的な価格水準での電気の提供という電力システムの目指すべき方向性に進化させていくことが、電力システム改革の次のフェーズである。