【解説】シリーズ容量市場(1):容量市場とは何か:キロワット(kW)価値を補完するための市場

· 電力ニュースの深堀り,容量市場
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容量市場とは、電力という財が持つ特性、すなわち「電気は貯められず、必要な瞬間に必ず供給されなければならない」という性質を踏まえ、キロワット(kW)価値を明示的に補完するために設計された市場です。

この記事では、日本の容量市場について、制度の目的、具体的なメカニズム、価格形成の考え方、そして現状と課題を整理しつつ、欧米の導入事例との連続性も含めて解説します。

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電力市場で通常取引されているのは、キロワットアワー(kWh)という「発電された結果としての電力量」です。しかし、電力システムの安定性を支えているのは、実際に発電した量だけではありません。むしろ重要なのは、「需要が最大化した瞬間に、確実に発電できる能力が存在しているかどうか」です。

この能力、すなわちキロワット(kW)価値は、卸電力市場の価格だけでは十分に評価されにくいという特徴があります。特に、稼働時間は短いものの、需給逼迫時には不可欠となる火力発電所や調整用電源は、kWh市場だけでは固定費を回収しにくくなります。

容量市場は、このキロワット価値を明示的に評価し、社会全体でその維持費用を分担するための仕組みです。言い換えれば、容量市場は「発電すること」への報酬ではなく、「発電できる状態を維持すること」への対価を支払う市場です。

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日本の容量市場の基本的な仕組み

日本の容量市場は、電力広域的運営推進機関(広域機関)が制度設計・運営を担い、全国一つの市場として実施されています。ただし、供給力は物理的に場所の制約を受けるため、実際の必要量や価格はエリア別に算定されます。

容量市場では、将来の実需給年度に必要とされる供給力をあらかじめ見積もり、その必要量を満たすまで発電事業者が応札します。応札された供給力は、価格の低い順に落札され、エリアごとの限界価格が容量単価として決まります。

落札した発電事業者は、実需給年度において一定の供給力を維持する義務を負い、その対価として容量収入を受け取ります。ここで重要なのは、容量市場で落札したからといって、実際に発電しなければならないわけではない点です。発電の指令は別の仕組みによって行われ、容量市場はあくまで「供給可能な状態」を担保する役割を果たします。

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価格形成とネットコーンの考え方

容量市場の価格形成において中心的な役割を果たすのが、ネットコーン(Net CONE)と呼ばれる指標です。ネットコーンは、新設電源が容量市場から得る収入によって回収すべき固定費水準を示すもので、容量市場における需要曲線の基準として用いられます。

近年、広域機関の検証により、ガスタービンコンバインドサイクル(GTCC)発電所の建設費が、約10年前と比べて大幅に上昇していることが明らかになりました。具体的には、1キロワット当たり約12万円だった建設費が、約26万8千円まで上昇しています。修繕費や維持管理費も増加しており、物価上昇や資機材価格の高騰が背景にあります。

この最新データを踏まえ、ネットコーンは従来の約1万円から約2万円へ引き上げる試算が示されています。ネットコーンが2万円となった場合、容量市場の上限価格はその1.5倍である約3万円となります。これは、キロワット価値を持つ電源への投資・維持インセンティブを現実のコスト構造に即して補強する調整と位置づけられます。

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容量収入の位置づけ― 売電収入との関係 ―

容量市場から得られる収入は、発電事業者の総収入のすべてを占めるものではありません。あくまで売電収入を補完する位置づけです。

例えば、GTCC発電所を想定し、稼働率が60パーセント程度の場合、容量市場からの収入は、kWh換算でおおむね2円前後に相当します。売電単価が12円程度であれば、容量収入は売電収入全体の15から20パーセントを占める計算になります。稼働率が30パーセント程度のミドル電源では、この比率は30パーセント前後まで高まります。

このように、容量市場は「容量価値のある発電所」に対して、売電収入に上乗せされる形でキロワット価値のボーナスを与える仕組みと整理できます。このボーナスがあることで、稼働率は低くても供給信頼度上不可欠な電源を建設・維持する経済合理性が生まれます。

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欧米の導入事例

容量市場や容量メカニズムは、日本独自の制度ではありません。米国ではPJMやISO-NEなどで容量市場が長年運用されており、欧州でも英国の容量市場、フランスの容量義務制度、ドイツの戦略予備力など、形は異なるもののキロワット価値を確保する仕組みが導入されています。

これらの国・地域に共通しているのは、「瞬時のkWh市場だけでは、必要な供給力を将来にわたって維持できない」という認識です。日本の容量市場も、こうした欧米の制度設計を参照しつつ、日本の系統構造や市場環境に合わせて導入されたものです。

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今後の課題

容量市場は、キロワット価値を補完する制度として一定の役割を果たし始めています。一方で、ネットコーンの水準、上限価格の設定方法、新設投資をどこまで誘発できているかなど、継続的な検証と調整が求められています。

2024年度には、容量市場開設後初の実需給が行われ、容量供出金の未回収分は約107万円、経済的ペナルティーの回収額は約484億円となりました。これは、容量市場が実際に金銭と責任を伴う制度として機能していることを示しています。

今後も、電源コストや需要構造の変化を踏まえつつ、容量市場はキロワット価値を適切に評価する市場として進化していくことが期待されます。支えする重要なインフラと位置づけることができます。