開示は「任意のESG」から金融・会計ルールへ
サステナ政策規制とは、企業の環境、人権、人的資本、ガバナンスに関する情報を、投資判断、取引、製品販売の条件へ組み込む制度群です。ISSBのIFRS S1・S2は、企業価値に重要なサステナビリティ情報の国際的な基準線となり、IAASBの保証基準ISSA 5000も、2026年12月15日以後に始まる期間から適用されます。開示は広報資料ではなく、財務情報と同様に証拠、内部統制、第三者保証を求められる段階へ移っています。(IFRS Foundation)
欧州は負担を減らしながら強制力を維持
EUは2026年2月、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の対象を原則として従業員1,000人超かつ年間売上高4億5,000万ユーロ超へ絞り、企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)も従業員5,000人超、売上高15億ユーロ超へ縮小しました。7月に採択した改訂ESRSでは、必須データ項目を60%超、全項目を70%超削減しました。これは「サステナ疲れ」を受けた規制撤回というより、重要性の低い質問を減らし、監査可能な情報へ集中する再設計です。(欧州理事会)
CBAMは鋼材の価格とデータを変える
炭素国境調整メカニズム(CBAM)は2026年1月1日に本格段階へ入り、鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、電力、水素の輸入品に、製造時の埋込排出量に応じた炭素価格を求めます。原則として年間50トン以下の輸入者には免除枠がありますが、日本の鉄鋼・素材メーカーには、製造設備別の排出原単位、使用電力、前駆材料、第三者検証に耐える証跡の提供が求められます。(Taxation and Customs Union)
EUは、鉄鋼・アルミニウムを多く使用する川下製品についても、2028年からCBAMの対象に加える制度案を示しています。EU理事会は2026年6月に交渉方針を決めましたが、欧州議会との合意はまだ成立していません。現在は対象外の部品や加工品にも規制が広がれば、日本企業は輸出価格だけでなく、部品表単位での炭素データ管理を求められる可能性があります。(欧州理事会)
米国は連邦後退、州規制が前進
米証券取引委員会(SEC)は2026年5月、2024年に採択した気候関連開示規則の全面撤回を提案しました。これは撤回決定ではなく、意見募集を伴う規則案です。一方、カリフォルニア州のSB253は、同州で事業を行う年間売上高10億ドル超の米国法人に排出量報告を求め、初年度の2026年はScope1・2、その後はScope3へ対象を広げます。日本企業は「米国では規制がなくなる」と一括して判断できず、法人所在地、上場区分、取引先ごとに適用関係を確認する必要があります。(SEC)
自動車輸出はグリーン鉄と電池の競争へ
完成車は現行CBAMの直接対象ではありませんが、鉄鋼・アルミニウム部材の価格とデータ要求は、自動車の調達網へ波及します。EUの自動車規則改正案は、2035年の新車の排出削減目標を90%とし、残りを「EU製の低炭素鋼」や合成燃料、バイオ燃料などで補う仕組みを示しました。ただし、これは審議中の案であり、低炭素鋼の定義やEU原産要件も確定していません。(Mobility and Transport)
制度が成立すれば、日本から完成車を輸出するメーカーには、鋼材の調達先、EU域内生産、車種別原価の再検討が必要になる可能性があります。さらに、EUでは2027年2月18日から、EV用電池などに個体別の電子記録である「バッテリーパスポート」が導入されます。電池メーカー、自動車メーカー、リサイクル事業者の間で、原材料、性能、劣化状態、再利用・リサイクル情報を継続的に管理することが重要になります。(EUR-Lex)
日本企業に必要な「基準の翻訳」
日本ではSSBJ基準が、時価総額3兆円以上のプライム企業に2027年3月期、1兆円以上に2028年3月期、5,000億円以上に2029年3月期から段階適用されます。適用開始の翌年から第三者保証も義務付けられるため、サステナビリティ部門だけでなく、経理、内部監査、調達、工場、情報システムを含むデータ管理が必要です。
一方、「グリーン鉄」は世界共通の単一規格ではありません。日本で商用化されているマスバランス方式、CBAMの埋込排出量、製品カーボンフットプリントでは、削減価値の割当方法や算定境界が異なります。同じ鋼材でも、国内のGX価値として認められることと、EUの低炭素鋼として評価されることが一致するとは限りません。(エネルギー庁)
今後の競争力を左右するのは、開示資料の厚さではなく、一つの一次データを複数の制度へ正確に変換できる能力です。企業別排出量、工場別排出量、製品別カーボンフットプリント、CBAM埋込排出量を区別し、サプライヤー契約、部品表、ERP、設備データと結び付ける必要があります。こうした基盤は、EUへの輸出、完成車の現地生産、グリーン鉄の長期調達、金融機関による移行計画の評価にも影響していきます。
【参考】
ISSBとIFRSサステナビリティ開示基準(IFRS Foundation)