[解説]データセンター急増による電力需給ひっ迫問題(前編):課題と事業機会

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生成AI、クラウド、データ分析基盤の普及により、データセンター(DC)は世界の至るところで「新しい産業インフラ」として拡大しています。一方でDCは、24時間365日ほぼ一定負荷で稼働する巨大需要家でもあります。需要が急増する場所・タイミングと、電源・系統の増強が追い付くペースが一致しないとき、電力システムは「料金」「混雑」「接続」「地域受容性」といった複数の軸で歪みを露呈します。

そこで本稿は、データセンターの急増が電力システムに与える影響を整理して解説します。

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  1. 現状:いま何が起きているのか
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1-1. 世界的なDC増設と、電力インフラ側の「時間差」

データセンター建設は、建屋・IT設備だけで完結しません。必要な電力を確保するために、変電所・送電線・地中ケーブルなど送配電設備の増強が伴う場合が多く、こちらは許認可・用地・工期の制約が大きい領域です。そのため、需要側(DC計画)の立ち上がりのスピードと、系統側(設備形成)のスピードにギャップが生まれやすい構造になっています。

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米国では、このギャップが「容量市場価格の急騰」として表面化しています。PJM(米国最大級の広域系統運用者)の容量オークションで価格が記録的水準となり、その背景にデータセンター需要の急増があると報じられました。容量価格は将来の供給力不足リスクを織り込むため、需要の急増が続く局面では、電気料金(将来の請求)への上昇圧力として議論されやすくなります。 (Reuters)

また、FERC(米国のエネルギー規制当局)がPJMに対し、AI等の大需要家の接続ルールを明確化するよう指示したとの報道も出ています。接続の在り方は、料金や信頼度に直結するため、制度整備の争点化が進んでいることが分かります。 (Reuters)

1-2. 日本でも、計画・申請が急増している

東京電力パワーグリッド(東電PG)の公開資料(経産省の会議資料として掲載)では、データセンターからの事前検討が2020年頃から加速度的に増え、託送申込み(容量仮確保)が累計で約950万kWに達していること、北関東中心に太陽光導入が進んでいること、蓄電池からの申込みも増えていること等が示されています。 (経済産業省)

また、東電グループの統合報告書にも、東電PGエリア内で合計約1,200万kW規模の供給申し込みがある旨の記述が確認できます(時点の注記付き)。 (東京電力)

1-3. 「見える化」ツールの登場:大規模供給ポテンシャルマップ

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混雑が起きると、需要家側から見ると「どこなら早く電気を引けるのか」が不透明になります。そこで東電PGは、受電電圧154kVまたは66kV、空容量50MW以上の変電所を対象に、早期供給可能性や概算工期(例:5年程度、10年程度)を示す「大規模供給ポテンシャルマップ」を公開しています。 (東京電力)

この種の公開は、需要側の立地判断を変える可能性があります。特に、DCのような大規模需要は、計画段階で複数候補地を比較するため、「供給の早さ」が立地の一次要因になり得ます。つまり、系統の空容量・工期情報が、投資地図そのものを塗り替える局面に入っています。

1-4. 日本の政策対応:ワット・ビット連携の議論が進行

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日本では、電力(ワット)と通信(ビット)を統合的に考え、DC立地・系統投資・通信網を協調させる議論として「ワット・ビット連携」が官民で進められています。取りまとめ1.0では、DC需要の急拡大に対し、分野横断での官民連携や、GX・レジリエンスも含めた大局的観点の必要性が整理されています。 (経済産業省)

ここでの主眼は、電力インフラの整備だけで問題を解くのではなく、通信技術・立地・運用の工夫で「必要な系統投資を減らし、供給までの時間を短縮し、社会コストを抑える」という方向性にあります。議論はまだ発展途上ですが、「DC=都市近郊に集まるもの」という前提が揺らぎ始めているのが現状です。 (経済産業省)

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2. データセンターがもたらす諸問題
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2-1. 需給ひっ迫が料金高騰につながるメカニズム

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データセンター(DC)急増がもたらす需給ひっ迫は、以下のようなルートで産業界や家庭の電気料金の高騰をもたらす懸念があります。

・発電コスト(燃料、設備、人件費)
・供給力確保コスト(容量・予備力、需給調整コスト)
・送配電コスト(系統増強、保守、レジリエンス)
・制度コスト(各種賦課金、政策費用)

DC需要が急増すると、発電側では「いつでも供給できる電源」や予備力の価値が上がり、広域市場では容量価格の上昇として顕在化し得ます(米国PJMの例は象徴的です)。 (Reuters)

送配電側では、需要の集中により増強投資が必要になれば、託送料金への上昇圧力になります。ただし日本では、一般送配電事業者の託送料金はレベニューキャップ制度の下で規制され、5年間の事業計画と収入の見通しを国が承認する枠組みになっています。つまり、投資が必要でも「いつでも即座に料金へ転嫁できる」わけではなく、計画・審査・評価のプロセスが挟まります。 (経済産業省エネルギー・環境政策局)

また、接続申込みが膨らみ、工事が前倒しで必要になっても、収入回収のタイミングがずれると、送配電事業者側にキャッシュフローの負担や総括原価の増嵩をもたらす可能性があります。制度設計上は効率化インセンティブもありますが、急激な需要変化は計画の前提を揺らし、社会的合意形成の論点になりやすい領域です。 (経済産業省エネルギー・環境政策局)

2-2. 系統混雑は「接続線が足りない」だけではない

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系統混雑というと送電線の容量だけが注目されがちですが、細かく分解すれば、
・上位系統(基幹送電線)
・変電所容量(変圧器、開閉設備)
・下位系統(配電・地中線)
・工事の実現可能性(用地、環境、交通、自治体調整)
・工期(資機材、施工会社、停電調整)
のどこがボトルネックになるかは地域ごとに異なります。

DCは需要規模が大きく、特別高圧で受電するケースが多いので、「受け口となる変電所」と「そこに至る送電ルート」が同時に制約になります。さらに都心部は地中線工事が中心になり、工期が長期化しやすい。結果として、単に「送電線を太くすれば解決」という単純問題ではありません。

2-3. 接続協議が長期化する理由

接続協議(事前検討・事前協議・申込み・工事)のプロセスは、需要家の計画熟度に大きく左右されます。計画が流動的な段階で「とりあえず候補地を複数登録する」行動が増えると、送配電側は多くの案件を並行で捌く必要が出ます。

一方、需要家側は「自分の案件がどのくらい待つのか」「他案件とどう競合するのか」を把握しにくい。東電PGがポテンシャルマップを公開した背景には、こうした“混雑の見えにくさ”を減らし、立地判断を現実に即したものに寄せたい意図が読み取れます。 (東京電力)

また、接続検討の作業は、変電所建設や送電線新設、地中ケーブル敷設など、専門性の高い計画立案を伴います。単純な事務処理ではなく、設計・工事・系統解析のリソースが要るため、急な増加には追随しにくい。これは海外でも同様で、系統接続の待ち行列(queue)が政策課題化している地域が増えています。

2-4. 「需給場所の不一致」がコストを押し上げる

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深刻な問題は需給場所の不一致(ロケーション・ミスマッチ)です。東電PGの資料でも、太陽光が北関東に多い一方、DCは南関東に集中するといった分布のズレが示されています。 (経済産業省)

場所が離れるほど、
・送電線増強が必要になりやすい
・系統混雑の影響を受けやすい
・停電時のレジリエンス確保コストが上がる
・地域社会から見た「負担と便益」の分配が難しくなる
といった課題が重なります。

加えて時間のミスマッチもあります。太陽光は昼に出るが、需要が高い夕方・冬季ピークと一致しにくい。結果として、需給調整やバックアップ電源、蓄電池・DR(需要応答)の価値が増しますが、それらをどの主体がどの制度で投資回収するかが難題になります。

2-5. 「とりあえず登録」が招く二次問題:業務ひっ迫と待ち時間の延伸

接続協議の大量発生は、単なる混雑ではなく、送配電側の業務ひっ迫を通じて「待ち時間」そのものを延ばします。ここで重要なのは、待ち時間が延びると、需要家側はさらに複数候補地を確保しようとし、申込みが増えるという悪循環が起こり得る点です。

この悪循環は、制度設計で抑制しない限り、自然には収束しません。海外では、申込み段階での保証金、計画熟度要件、段階的ペナルティなどを組み合わせて“本気度”を測る制度が議論されます。日本でも、発電側では接続検討に必要書類・要件が整備されている一方で(例:一般送配電の手続き案内)、需要側の大口案件についても今後制度的な整流化が論点になり得ます。 (東京電力)

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3. 解決への展望
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DC急増問題が深刻化するまえに、業界全体で根本的な解決策を協議すべきです。その道筋にはいかのようなものがあります。

3-1. 需給場所の一致に近づける(立地と電源の同時設計)

第一の方向性は、需給場所の一致に近づけることです。これは二通りあります。

A. 需要を電源に近づける(立地の再設計)
・再エネ資源が豊富で、系統空容量がある地域にDCを誘導する
・通信の低遅延要求を満たす範囲で、分散立地(複数拠点)を組み合わせる
・「供給の早さ(工期)」情報を立地判断に織り込む(ポテンシャルマップの活用) (東京電力)

B. 電源を需要に近づける(オンサイト・近隣電源)
・オンサイト太陽光・コージェネ・蓄電池等を導入し、系統への追加負荷を減らす
・近隣の再エネや既存電源と、契約・設備・運用を工夫して連携する
・余剰は系統へ流すが、ピーク時の純受電を抑える設計にする。

3-2. 需給時間のズレを埋める(運用の柔軟性)

第二の方向性は、時間のミスマッチへの対応です。代表例は、
・蓄電池(系統用・オンサイト)
・DR(需要を一時的に下げる/前倒しする)
・計算ワークロードのシフト(昼に寄せる、地域間で分散する)
・契約上のピーク抑制条項(ピーク時の負荷上限)
などです。

ワット・ビット連携の議論は、まさにこの「運用」と「立地」を同時に扱おうとしています。通信技術が進めば、計算資源を遠隔に分散しやすくなり、電力が余る地域・時間に計算を寄せる設計が可能になります。これは、電力インフラの増強だけに頼らずに社会コストを下げる可能性があります。 (経済産業省)

ただし、ここには難点もあります。DC側はSLA(サービス品質)を守る必要があり、計算の遅延や冗長性設計にコストがかかる。電力側の制約を織り込むほど、IT側のコストが上がる可能性があるため、どこで最適化するかはケースバイケースになります。

3-3. 系統投資の「優先順位付け」と、情報の公開

第三の方向性は、投資の優先順位付けです。系統は無限に増やせないため、
・どの地域を優先して増強するか
・どの需要に優先接続するか
・工期と費用の見通しをどう示すか
が、政策・規制・市場の三層で問われます。

ポテンシャルマップのような情報公開は、需要家の立地を変え、結果として系統投資の優先順位にも影響します。これは「市場に情報を渡して行動を変える」アプローチで、規制だけで押し切るより摩擦が小さい場合があります。 (東京電力)

3-4. 費用負担の整理:誰の需要増が、どこまで共通負担なのか

第四の方向性は、費用負担のルール化です。需要が特定地域に集中し、上位系統や変電所の増強が必要になる場合、その費用を
・需要家がどこまで負担するのか
・共通設備として託送料金で広く負担するのか
は、社会的な納得性を左右します。

レベニューキャップ制度の下では、投資の合理性と効率性が一層問われます。DC需要増に合わせて増強した設備が、想定通り稼働しない(段階稼働の遅れ等)場合、余剰設備のコストを誰が負担するのかという論点が出ます。託送料金は多くの需要家が払うため、負担の説明責任は重くなります。 (経済産業省エネルギー・環境政策局)

3-5. 環境・地域受容性:追加性だけでなく「社会負荷の低さ」が問われる

第五の方向性は、環境と社会受容性です。DCは電力以外にも、用地、景観、騒音、水、交通、雇用など複数の影響を地域に与えます。米国ではDC建設への反発や遅延が増えているとの報道が出ており、環境資源・生活影響・透明性を巡る摩擦が増えていることが示唆されます。 (インベスターズ.com)

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おわりに
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データセンターの急増は、電力システムの限界を露わにしています。料金高騰、系統混雑、接続協議の長期化、そして地域受容性の摩擦は、単独要因ではなく、需要の集中と設備形成の時間差、場所と時間のミスマッチ、情報の非対称性、費用負担の設計といった複数要因が絡み合って起きています。

解決策も単一ではありません。立地の再設計、オンサイト・近隣電源、運用の柔軟性、接続協議の規律、投資の優先順位付け、費用負担の透明化、地域と調和する設計。これらを、地域ごとの制約に合わせて組み合わせることが現実解になります。

そのためには、日本の電力システム全体の需給関係を過去・現在・将来を俯瞰して、そのうえでこのDC急増問題に対峙する姿勢が何よりも求められます。そこで、後半は、デフレからインフレへの転換期における、この構造的な問題を深堀していきます。

参考リンク(一次情報)