[解説]データセンター急増による電力需給ひっ迫問題(後編):デフレ30年の終焉と電気料金増嵩リスク

· データセンター,電力ニュースの深堀り,需給
Section image

日本の最大電力推移:1970年代から現代までの「50年の軌跡」

Section image


日本で「電気料金が上がりやすい局面」を理解するうえで、最初に押さえるべき指標が最大電力(ピーク需要)です。ピーク需要は、発電所・送電網・変電所・配電網といった“インフラの太さ”を決める基準になります。平均需要が同じでも、ピークが上がれば設備は太く(高コストに)なり、コストを押し上げます。

Section image

(いずれも長期統計の一部。定義・集計範囲は資料の注記に従う必要があります)
出典:電気事業連合会「電気事業便覧 2023」

ここで重要なのは、2001年前後が“歴史的ピーク圏”であることです。広域機関(OCCTO)の需給に関する整理資料でも、2001年度の最大電力(全国・夏季ピーク)が約1億8,270万kW規模として示され、長期的に見て高い水準だったことが確認できます。 (OCCTO)

その後、2010年代〜2020年代前半にかけては、ピークが“伸び続ける”というより、「高止まり〜やや低下〜横ばい」という局面が長く続きます。たとえばOCCTOの公表資料では、2023年度の全国の月間最大需要電力の最大値は16,090万kW(2023年7月)と整理されています。

つまり日本の電力システムは、
・1970年代〜2000年代初頭:ピーク需要が増える前提で設備を太らせた時代
・2000年代〜2020年代前半:ピークが大きく増えず、“過去の設備”を使い続けた時代
を経て、いま再び「ピークが増えうる時代」に入りつつあります。

Section image

「失われた30年」がもたらした、歪んだ供給超過と“低コストの錯覚”

2000年代以降、日本は長期停滞と産業構造の変化、省エネの進展などが重なり、需要の伸びが鈍化しました。ここで起きたのが、「過去の需要想定で作った設備が、結果として“余裕(ゆとり)”になった」という現象です。

Section image

高度成長からバブル期、そしてその余韻の時代に、電力会社は将来需要の増加を見込み、電源(原子力・火力など)だけでなく、超高圧送電網や変電設備も含めて大規模投資を進めました。ところが、その後の需要が想定ほど伸びず、ピークが横ばい気味になると、過去投資の設備は「余剰に見える」局面が生まれます。

この“余裕”は、停電リスクを下げるという意味ではプラスです。しかし同時に、社会全体の目線では「設備を新しく増やさずに済む=追加コストが出にくい」という期間が長く続き、電力コストの上昇圧力が見えにくくなりました。

そして、もう一つ大きいのが建設コスト・資材コストの環境です。近年、建設資材価格は2021年頃から急上昇したと整理されており、2024年以降も高水準で推移している、という説明が業界団体の整理資料に見られます。 (日本建設業連合会)

電力インフラ(送電鉄塔・変電所・地中ケーブル等)は、鋼材・銅などの影響を受けやすい典型例です。つまり「同じ設備を作るのに、昔より高くつく」環境が強まっています。

このため、2000年代〜2020年代前半の“低コストの感覚”を前提にすると、これからの局面で起きる料金上昇を過小評価しやすい、という構造が生まれます。

Section image

2020年代の構造変化:「貯金の吐き出し」が始まった

2020年代に入って何が変わったのか。結論から言うと、デフレ脱却とともに「需要とコストの両方が、同時に上向きやすい条件が揃ってきた」ことです。


(1) 需要側の変化:電化・産業・デジタルの同時進行

家庭・オフィスの電化だけでなく、産業(国内投資の増加、サプライチェーン再構築)や、EV・ヒートポンプなどの電化、そしてデータセンター(DC)の急増が同時に進むと、ピーク需要を押し上げやすくなります。平均需要ではなく「ピーク」を押し上げる要因が重なるのが重要です。

(2) コスト側の変化:作る・直す・つなぐ、すべてが高騰

電源やネットワークの更新投資は、資材高・人手不足・工期長期化の影響を受け、総コストが膨らみやすい局面です。しかも、過去の“余裕設備”が老朽化していれば、更新投資は「いつかやる」ではなく「やらないと維持できない」に変わります。

この二つが同時に進むと、電力システム全体の総原価が底上げされ、電気料金に上昇圧力がかかりやすくなります。

Section image
Section image

データセンター急増が与えるインパクト:申し込みの“量”が示す現実

DCの議論は、ともすると「将来の話」「一部の企業の話」として処理されがちです。しかし、一般送配電の現場で観測されている“申し込み量”は、無視しにくいスケールに達しています。

東京電力パワーグリッド(東電PG)の統合報告書(2025)では、同社エリア内で合計約1,200万kWの供給申し込みを受けている状況(2025年4月時点)が示されています。 (東京電力)
1,200万kWは、単に「施設が増える」というレベルではなく、系統計画や供給力の議論に直接影響する規模です。

さらに東電PGは、大規模需要家向けに、早期に供給可能な地点や概算工期(5年程度・10年程度)を示す「大規模供給ポテンシャルマップ」を公開しています。ここでは、受電電圧154kVまたは66kV、空容量50MW以上の変電所を対象にしている旨も明記されています。 (東京電力)

この資料が示すメッセージは明確です。

「場所によっては、供給できるまでに5年〜10年級の時間がかかりうる」

つまり、DCの増加は“電源だけ”の問題ではなく、“ネットワークの制約”として表面化している、ということです。

Section image

Section image

料金高騰の経路:卸価格だけではなく「容量・系統投資・託送料金」

電気料金の上昇要因は、燃料・卸電力価格だけではありません。DC急増が料金に効く経路は、少なくとも三つあります。

(1) 需給ひっ迫による市場価格上昇(燃料費部分)

需要が増え、供給余力が薄くなれば、卸価格が上がりやすくなります。ピーク時の限界電源が高コストになれば、なおさらです。

(2) 供給力確保コスト(容量・予備力の部分)

米国では、供給力を事前に確保するための容量市場(キャパシティ)の価格が、需給の締まりを反映して大きく動きます。PJM(米国最大級の系統運用者)の2025/2026年向け容量オークション(BRA)では、RTOのクリアリング価格が$269.92/MW-dayとなり、前回(2024/2025年)の$28.92/MW-dayから大幅に上昇したことが、PJMの公式オークションレポートで示されています。 (PJM)

この種のコストは最終的に需要家負担へと転嫁されやすく、「DC需要の増加+供給力の確保難」が価格に現れやすい構造です。

(3) 系統増強・接続対応コスト(託送料金の部分)

DCの接続は、変電所・送電線・地中ケーブル・保護制御など、多層の設備増強を伴い得ます。接続における費用負担の考え方は制度・エリアで異なりますが、たとえば東電PGは特別高圧供給の工事費負担金算出の考え方(当社負担額5,500円/kWを差し引く等)を公開しています。 (東京電力)

ここで論点になるのが、「特定の巨大需要のための上流投資」を、どこまで個別負担にし、どこまで託送料金として広く回収するのか、という社会的な設計です。DCが増えれば増えるほど、この論点は避けられません。

では、日本で「DC急増による需給ひっ迫」が進むと、電気料金はどのように上がり得るのでしょうか。ここでは、過度に断定せず、実務で使える“見通しの骨格”として整理します。

ポイントは、「過去の余裕が残っている間」は目立たないが、閾値を超えると一気に顕在化する、という性質です。

(1) 閾値1:ピーク供給余力(供給予備力)が低下

ピークに対応するための供給力(電源・融通・需要側対策)に余裕があるうちは、料金は緩やかに動きます。余裕が薄くなると、ピーク時の価格が跳ねやすくなります。

(2) 閾値2:系統のボトルネックが顕在化

送電・変電の制約が強まると、接続待ち・増強工事・工期長期化が発生し、投資額が積み上がります。東電PGが“工期5年・10年”を明示してマップを出したのは、このボトルネックが計画上の制約になっていることを示唆します。 (東京電力)

(3) 閾値3:投資サイクルが「更新+増強」に変わる

老朽設備の更新だけなら、投資の設計は比較的読みやすい。しかし需要増が重なると、更新に加えて増強が必要になり、総額が増えます。建設資材価格が高水準で推移するなら、同じ増強でもコストは大きくなりやすい、という前提が乗ります。 (日本建設業連合会)

この三つが重なると、「設備投資コストの増加→託送料金・市場コストの増加→小売料金へ」という経路が太くなります。これが、後編で言う「余裕の30年の終焉」を、料金という結果から確認する見方です。

結論:「電力が安い国」という前提を、再考する

1970年代から2000年代初頭にかけての最大電力の上昇と、その後の長い横ばい局面を経て、日本の電力システムは“過去投資の余裕”に支えられた時間が長く続きました。ところが今、

  • 大規模需要(DC等)の増加が具体的な申し込み量として顕在化し(東電PGエリアで約1,200万kWの申込など) (東京電力)
  • 供給・系統側の制約が工期5〜10年級として可視化され (東京電力)
  • 建設コスト環境が高止まりしやすい (日本建設業連合会)

という条件が重なっています。

この状況では、「電気料金のベースラインは上がりやすい」という見通しが、少なくとも“雑ではない仮説”になります。米国PJMの容量価格の急騰が示すのは、需要が急増し供給・制度が追いつかない局面では、供給力確保コストが短期間で跳ねることがあり得る、という現実です。 (PJM)

では、どの打ち手が“唯一の正解”なのか。ここは中立に言うべきで、現実には複数の打ち手の組み合わせになります。具体的には、

  • 立地の選定(系統の制約と工期を踏まえた計画)
  • 系統増強の効率化(共用設備としての設計・費用負担の納得性)
  • 需要側の柔軟性(運用調整・自家発/蓄電・DR等)
  • 電源開発と既存電源の確保

といった総力戦戦で進める必要があります。

重要なのは、DCを「悪者」にすることでも、「成長の象徴」として無条件に礼賛することでもありません。これを奇貨として、現実を冷静に直視し、問題解決に向けて業界をあげて対峙すべき時に来ています。