【速報】欧州炭素関税(CBAM)が

日本の輸出産業に与える深刻な影響:国内再エネメニューが国際競争力を左右する時代へ

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1. 欧州議会が採択、日本では静かだが世界では大きな話題に

2025年12月、欧州委員会および欧州議会は、炭素国境調整メカニズム(CBAM)の本格適用に向けた実施規則と制度強化案を正式に採択しました。この動きは日本国内では限定的にしか報じられていませんが、国際的には大きな注目を集めています。

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ロイター通信は、「EUが高排出輸入品への炭素賦課を強化し、抜け穴対策を進める」と報じ、将来的に自動車部品や家電などへの対象拡大が議論されている点を強調しました。

この報道が示す通り、CBAMはもはや環境政策ではなく、貿易・産業競争力そのものを左右する制度として位置づけられています。

2. CBAMとは何か ― 世界初の「炭素関税」

CBAM(Carbon Border Adjustment Mechanism)とは、EU域外から輸入される製品について、その製造過程で排出されたCO₂相当量に応じてコストを課す仕組みです。
EU域内では排出量取引制度(EU ETS)により炭素価格が内部化されていますが、域外製品には同様の負担がなく、「カーボンリーケージ(生産の国外移転)」が懸念されてきました。

CBAMはこの不均衡を是正するための制度であり、EUはこれを「保護主義ではなく、炭素をフェアに扱うための調整」と位置づけています。

3. 基本はロケーション基準(LBM)― 日本と欧州の差

CBAMにおける排出量算定の原則は、ロケーションベース(LBM)です。

これは、製品が製造された国・地域の電力系統平均排出係数を用いて、間接排出量(電力由来)を計算する方式です。

日本の場合、電力の平均排出係数はEU諸国と比べて高く、EU平均を大きく上回ります。
つまり、日本で製造された製品は、特段の証明がない限り「高炭素製品」として扱われる構造になっています。

4. 排出係数を下げる道 ― MBMと再エネ電力だが、物理性が鍵

排出係数を下げるためには、マーケットベース(MBM)、すなわち再生可能エネルギー電力の利用を主張する道があります。

しかしCBAMは、従来のScope2報告で広く用いられてきた「オフセット証書ベースの主張」をそのまま認めていません。

欧州委員会が採択した実施規則では、「電力が実際にその製造プロセスに供給されたこと」を厳格に求めています。
ここで問題となるのが、物理的デリバリー(physical delivery)です。

5. 何が認められ、何が認められないのか

CBAMでは、Jクレジットなどのオフセットを用いた「実質再エネ電力」は原則として認められません。求められるのは以下のような形態です。

  • 再エネ発電所とのコーポレートPPA
  • 自社工場敷地内や隣接地でのオンサイト再エネ発電

いずれの場合も、発電と消費が時間的に対応していることが必須条件となります。

そこで焦点となるのがアワリーマッチング(時間単位の需給一致)手法がどの程度厳格に適用されるかです。


年間や月間での相殺は不十分とされ、再エネ発電が行われた時間帯に、その電力が実際に製造設備へ供給されたことが求められます。この点については、EnergyTag が一貫して主張しており、強く発信活動を行っています。

6. 将来基準を満たせなければ高額関税の可能性

以上を踏まえると、日本企業が欧州向け輸出を続けるうえで、将来導入されるCBAM基準を満たせなければ、高額な炭素コストを負担する可能性が高まります。

米国ではトランプ政権時代の関税政策が「保護主義」と批判されましたが、CBAMはより厄介です。なぜならEUは、「自由貿易を維持しつつ、炭素をフェアに扱うための関税」と説明しているからです。

このロジックに、各国は正面から反論しにくい状況に置かれています。

7. 2026年の対象品目と、その後の拡大議論

2026年に本格導入されるCBAMの対象は、以下の品目です。

  • 鉄鋼
  • アルミニウム
  • セメント
  • 肥料
  • 電力
  • 水素

これらについては、日本からEUへの直接輸出量は限定的で、「当初は日本に大きな影響はない」と見られがちです。

しかしEUでは既に、日本企業の競争力が強く、実際EUに多額の輸出がなされている分野への拡大が議論されています。

ロイター報道では、自動車部品や洗濯機などが具体例として挙げられています。

8. ユニポラリズムの終焉と多極化する世界

CBAMの背景には、国際秩序の変化があります。

かつてのように「米国が主導し、国連やWTOが裏書きした単一のルールを皆で守る」というユニポラリズムは終焉し、各国がそれぞれの価値観と国益に基づいて制度を設計・主張し、ルールの国際標準化を競う時代に入っています。

日本としても、決められたルールに従い、そのフレームワークの中で努力するという発想から、同時に、日本独自の価値観に基づく基準や構造を構築すべきフェイズに入っていると言えるでしょう。

9. CBAMとScope2改定は相互に影響している

CBAMと、現在議論が進むScope2ガイダンス改定は、密接に連動しています。GHGプロトコルを主導するのは欧州勢であり、時間整合性・物理性を重視する考え方が、両者に共通して見られます。CBAMは貿易制度、Scope2は報告基準ですが、根底にある思想は同じです。「帳簿上のクリーン」ではなく、「実際にクリーンな電力が使われたか」を問う時代に移行しつつあります。

その対応には、こうした政治・経済のダイナミクスの中でScope2ガイダンスの改定が行われているとの視座で俯瞰することが求められています。

10. おわりに ― 官民あげた議論を早期に

欧州委員会は、CBAMにおける電力算定の中核に、時間単位の実物引渡しを据えました。

これを理解し、先行して対応できた企業は、CBAM負担を大幅に軽減し、競争力を高める可能性があります。一方で、この動きを軽視すれば、日本の輸出産業は静かに、しかし確実に不利な立場に追い込まれます。CBAM対応は、一企業の努力では限界があります。

官民あげた早期の議論と戦略形成が、いま強く求められています。