[解説]サステナ開示・保証、27年3月期から順次義務化へ
[解説]サステナ開示・保証、27年3月期から順次義務化へ
日本経済新聞の報道によれば、金融審議会の作業部会は、気候変動などのサステナビリティ情報の開示と第三者保証を、2027年3月期から東証プライム上場企業に対して順次義務付ける報告書案を公表しました。特に、サプライチェーン全体の温暖化ガス排出量であるスコープ3の開示が必須となり、時価総額3兆円以上の企業から段階的に開始されます。また、開示内容の信頼性を担保する第三者保証も、翌年から義務化される見通しです。
そこで、今後企業のサステナ担当者が検討すべき事項を解説します。

現行制度と新制度の決定的な違い:任意から「法定」への転換
今回の報告書案によって明確になった最大の変更点は、これまで「任意」または「記載欄の限定的活用」に留まっていたサステナビリティ開示が、有価証券報告書における完全な「義務(法定開示)」へと格上げされることです。

- 現行: TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)等の枠組みを参考にしつつ、記載内容の詳細は各企業の裁量に委ねられていました。
- 変更後: 日本版S1・S2基準(SSBJ基準)が適用されます。これは国際基準(ISSB)と整合性が取れた、より詳細で比較可能性の高い基準です。特に「スコープ3」の排出量は、これまで算出が困難として開示を見送ってきた企業も、時価総額に応じたスケジュールで逃げ場のない義務項目となります。
2. 「保証」という新たなハードル
- 現行: 一部の先進企業がCSRレポート等で自主的に「第三者意見」を取得していましたが、法的強制力はありませんでした。
- 変更後: 監査法人や登録された保証業者による「第三者保証」が義務化されます。これにより、環境データの算出根拠やプロセスが財務監査と同等の厳しさでチェックされることになります。当初は「限定的保証」からスタートするものの、将来的な「合理的保証(より高度な保証)」への移行も見据えた体制構築が求められます。
ステップアップ義務化のスケジュール詳細

すべての企業が一斉に開始するのではなく、時価総額を基準とした段階的な導入(フェーズイン)が設定されています。
- 2027年3月期~: 時価総額3兆円以上のプライム企業。国内を代表する超大型株がフロントランナーとして、スコープ3を含む全項目の開示・保証体制を確立する必要があります。
- 2028年3月期~: 時価総額1兆円以上のプライム企業。中堅以上のプライム企業が対象となり、先行事例を参考にしつつ、自社のサプライチェーンデータの精査を完了させなければなりません。
- 2029年3月期~: 時価総額5000億円以上のプライム企業。この段階で、プライム上場企業の相当数が義務化の対象となります。
- それ以降: 5000億円未満の企業については「今後の検討」とされていますが、投資家からの要請やサプライチェーン上でのデータ提出要請により、実質的には早期の対応が求められるでしょう。
緩和措置と実務上の猶予(セーフハーバー)

- 二段階開示の容認: サステナビリティ情報は財務情報よりもデータの収集に時間がかかるため、義務化後の最初の2年間は、有価証券報告書の提出から遅れて別冊等で詳細を提出することを認める方針です。
- 責任限定(セーフハーバー): 特に推計値に頼らざるを得ないスコープ3などの情報について、企業が適切なプロセスを踏んでいる場合には、後から数値が修正されたとしても即座に虚偽記載の責任を問われないような、責任のあり方の整理も検討されています。
企業価値の新たな「通信簿」としての義務化
今回の義務化は、企業の「非財務情報」が財務諸表と同等の重みを持つことを意味します。
これまで多くの日本企業にとって、サステナビリティ報告は自主的な「広報活動」の一環という側面が拭えませんでした。
しかし、今後は有価証券報告書という法定書類の中で、厳格な国内基準(SSBJ基準)に基づいた開示が求められます。投資家はこれを、企業の中長期的な生存能力と成長性を測る「通信簿」として活用することになります。
サステナビリティ担当者が乗り越えるべき「三つの壁」

一つ目は「データの精度と鮮度の壁」です。スコープ3の算出には、自社だけでなく、原材料調達から製品廃棄に至るまでの膨大な外部データが必要になります。年一回のデータ収集では、有価証券報告書の提出期限に間に合いません。味の素のように収集頻度を月次に高めるなど、リアルタイムに近い管理体制への移行が急務です。
二つ目は「内部統制と保証の壁」です。財務会計には長い歴史の中で培われた監査制度と内部統制がありますが、環境データや人的資本のデータにはそれがありません。2028年3月期から始まる「第三者保証」をクリアするためには、誰が、いつ、どこからデータを取得し、どのような計算過程を経て数値を算出したのかという証跡を、監査に耐えうるレベルで残す必要があります。
三つ目は「経営戦略との接続の壁」です。開示が義務化される項目には、リスク管理やガバナンスも含まれます。単に数値を公表するだけでなく、その数値が経営判断にどう反映されているのか、将来のキャッシュフローにどう影響するのかという「ストーリー」が一層問われるようになるでしょう。