サステナ講座【第1回】サステナ開示・保証、27年3月期から順次義務化へ:深堀り解説

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サステナ情報開示義務化へ

一昨日、サステナビリティ情報の開示と第三者保証を、2027年3月期から東証プライム上場企業に対して順次義務付ける報告書案が金融審議会で公表されました。

これまで日本では、温室効果ガス排出量の開示は主に任意の取り組みに委ねられてきました。今回の報告書案は、国際基準と整合する形で、スコープ1・2・3を含む排出量情報を有価証券報告書に位置づける点に大きな特徴があります。

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一方で、スコープ2についてもその報告義務が明確化されたことは、企業にとって大変大きな意味を持ちます。なぜなら、GHGプロトコルにおいて、スコープ2の厳格化の方向性が議論されているからです。

そこで、本サステナ講座の第一回は、企業のサステナ担当者が知っておくべき「サステナ情報開示義務」と「スコープ2改定」の関係と、企業へのインパクトについて深堀り解説してまいります

ISSB国際基準とは?

日本の基準に大きな影響を与える国際的な枠組みの中核を担っているのが、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)です。ISSBは、IFRS財団の下で設立された基準設定機関で、財務情報と同じ水準の信頼性と比較可能性をもつサステナビリティ開示基準を策定しています。

ちなみに、SASB(サステナビリティ会計基準審議会)基準も重要で、77の産業ごとに将来の財務影響が大きいと見込まれるサステナ関連のテーマや指標などを定めています。また、GRI(グローバル・レポーティング・イニシアティブ)は、サステナビリティ報告のための国際的なフレームワークを提供しています。

ISSBの話に戻ります。ISSBが公表するIFRS S1とIFRS S2は、気候変動を含むサステナビリティ情報の国際標準と位置づけられています。

日本では、これらのISSB基準と原則的に整合する形で、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が国内基準を策定しています。今回の金融審議会の合意は、その基準を有価証券報告書に正式に組み込むための制度的な入口を確定させたものといえるでしょう。

そこで今回は、まずこの国際基準の全体像を押さえたうえで、特に企業の電力調達戦略と直結するスコープ2が、ISSB基準の中でどのように位置づけられ、今後どのような論点が生じてくるのかを詳しく見ていきます。

スコープ2とは、企業が事業活動で使用する他社から供給された電気・熱・蒸気など(電力会社や地域冷暖房など)の使用に伴って、間接的に排出される温室効果ガス(特にCO2)のことです。

これは企業のサステナ担当だけでなく、企業に電力を販売する小売電気事業者や発電者の皆様にとっても大きな影響を与えかねないテーマです。

ISSBは、2023年6月に、企業が気候変動に関連するリスクと機会について投資家へ開示を求める国際的な基準となるIFRS S2(IFRS S2号「気候関連開示」)を発行しています。IFRS S2の中で、スコープ2についてもそのルールが明確に定められています。

その内容を詳しく見ていきましょう。第29項(a)(v)には以下のように記述されています。

29 a (v) for Scope 2 greenhouse gas emissions disclosed in accordance

with paragraph 29(a)(i)(2), disclose its location-based Scope 2

greenhouse gas emissions, and provide information about any

contractual instruments that is necessary to inform users’

understanding of the entity’s Scope 2 greenhouse gas emissions

(see paragraphs B30–B31) (太字は筆者による)

これを筆者が解釈すると、「企業が電力消費等に伴う排出量の算定にあたっては、①ロケーション基準(LBS)によるGHG排出量開示し、②利用者が当該事業体のスコープ2排出量を理解するために必要なマーケット基準(MBS)による排出量提供することとなります。

ロケーション基準(LBS)とは、ざっくり言えば、「その事業所の立地する地域の電力系統の平均排出係数で排出量を算定する手法」で、マーケット基準は「再エネ電気料金メニューの利用など、電力契約の内容を反映した排出係数で算定する方法」です。

その内容はさておき、①と②で動詞が違うところに注目してください。「①ロケーション基準」は開示せよと明確に義務を負わせる強い言葉なのに対し、「②マーケット基準」は、「読者が理解できるのに必要な情報を提供せよ」と厳格性がそれほど強くない言葉となっています。中学生の英語の授業みたいですが、「関係代名詞の限定用法」というやつで、詭弁を使えば「理解するのに必ずしも必要のない情報」は提供しなくてもよい、すなわち、マーケット基準はそれほど強い義務を負わせなくてもよいという解釈を残した滋味深い言い回しとなっています。

とりあえず「第B30項~B31項を参照せよ」と書いているので、第B30項~B31項を見ると以下のように記載されています。


B30:Paragraph 29(a)(v) requires an entity to disclose its location-based Scope 2 greenhouse gasemissions and provide information about any contractual instruments the entity has entered into that could inform users’ understanding of the entity’s Scope 2 greenhouse gas emissions. For the avoidance of doubt, an entity is required to disclose its Scope 2 greenhouse gas emissions using alocation-based approach and is required to provide informationabout contractual instruments only if such instruments exist and information about them informs users’ understanding of an entity’s Scope 2 greenhouse gas emissions. (太字は筆者による)

この第B30項を読むと、上の第29項(a)(v)で推理した仮説が正しいことが証明されます。どういうことかというと、「企業はロケーション基準手法(LBM)を用いて算定した排出量を開示する必要がある」一方で、「マーケット基準(MBM)契約上の手段に関する情報を提供する必要があるのは、そのような手段が存在し、かつ、その情報によって利用者が当該企業のスコープ2温室効果ガス排出量を理解するのに役立つ場合にのみ必要がある。」

つまり、マーケット基準(MBM)は「必ずしも、絶対に報告しなくてもよいよ」というニュアンスが示されているという解釈も可能ではないでしょうか。

一方で、GHGプロトコルの考え方は、「ロケーション基準(LBM)」と、「マーケット基準(MBM)」は、どっちが重要とかではなくて、両方とも算定するべきであるという立場です。

ここから先は筆者の全くの推定ですが、本家のGHGプロトコルがそういっているものの、実際に企業のルールを定めるISSBとしてはロケーション基準のほうが重要だと思っていて、でも、大っぴらに公言するわけにもいかないので、こういった曖昧な言い方にとどめているのではないかということです。

それでは、なぜ「ロケーション基準(LBM)」を重視してきたのでしょうか。

B31項にはこういう記載があります。

B31: Contractual instruments are any type of contract between an entity and another party for the sale and purchase of energy bundled with attributes about the energy generation or for unbundled energy attribute claims (unbundled energy attribute claims relate to the sale and purchase of energy that is separate and distinct from the greenhouse gas attribute contractual instruments).

Various types of contractual instruments are available in different markets and the entity might disclose information about its marketbased Scope 2 greenhouse gas emissions as part of its disclosure.

筆者が意訳すると、「「マーケット基準(MBM)」の手法としては「手法A:再エネ発電所とのコーポレートPPAなどを締結して(バンドルされた)再エネ電力を購買する契約を結ぶ」、「手法B:実際に消費する電力と関係のない(バンドルされていない)再エネ証書(例えばJクレジット)」の2つがあって、これを使って良いよ」と書いてあります。

ところで、特に欧州ではオフセット証書を用いて排出量を実質ゼロとする手法に対して異議を唱える再エネ厳格派が多く、しかし実際に再エネコーポレートPPAで全消費量を賄うための条件整備が十分に整っていない中で、現実に直面する企業への配慮として、「バンドルされていない証書の利用もだめだとは言わないよ」と明記しつつ、再エネ厳格派にも配慮するために、「マーケット基準(MBM)」を一格下位に位置付けたのではないかというのが筆者の邪推です。

GHGプロトコル スコープ2はどのように改訂されるのか?

実は、GHGプロトコルスコープ2ガイダンスの改定に向けた議論が進んでいるなかで、そこでも再エネ厳格派と現実派の議論が戦わされています。2027年に改定、2030年に適用される新ルールですが、まだその先行きは見通せませんが、今のところ厳格派が優勢です。

すなわち、マーケット(MBM)では、「手法A:再エネ発電所とのコーポレートPPAなどを締結して(バンドルされた)再エネ電力を購買する契約を結ぶ」のみしか認めないという厳格なルールが採用される可能性があるということです。

あるいは、そこまで厳格ではなくても、同じ地域にある再エネ発電所で同じ時間帯で作られた環境証書(GC-EAC)のみを用いてオフセットしてもよい(再エネ需給のアワリーマッチング)と主張する一派もいます。筆者は、実はこのアワリーマッチング一派であります。

ただし、アワリーマッチング派にも、強硬派と穏健派がいて、筆者はアワリーマッチングがもし採用されるのなら、各国や事業者の実情に即した現実的な手法をとるべきだと考えていて、一般社団法人アワリーマッチング推進協議会でそのロビー活動を行っていたりします。

いずれにしても、「バンドルされた再エネ電力しか認めない」、「アワリーマッチングを要件とすする」のいずれかが新ルールとなる可能性があります。

こうした中での、サステナビリティ情報の開示義務化は企業にとっては大きな不透明性とリスクを伴います。

最終的には、日本ではサステナビリティ基準委員会(SSBJ)がルールを策定されますので、国内ルールが必ずしも欧州・国際基準と同じとなることにはならないのですが、それでもSSBJは、ISSBの決定を尊重されるでしょうから、やはりこの議論の動向を注視すべきものと思います。

ISSBはどう動くのか?

それでは、もしGHGプロトコルで厳格な基準が適用されたら、ISSBはどう対応するのでしょうか。そこで注目すべきポイントは2つあります。

第一に、引き続き絶妙なバランスでロケーション基準に力点を置いて、マーケット基準を絶妙にローキーに抑えていくのかということです。もしそうならば、マーケット基準厳格化の影響は軽減されるでしょう。一方で、「マーケット基準も十分整備されたのだから、これからはロケーション基準と対等な関係として、各企業には、しっかりとマーケット基準でも計算してもらいましょう」となったら、そのインパクトは無視できないものとなるでしょう。

第二に、もし仮に、かなり厳格な方向でGHGプロトコルでの改定がなされた場合、それをそのままIFRS S2で適用させるとは限らず、その行く末がどうなるかということです。

繰り返しますが、GHGプロトコルのスコープ2基準改定にあたっては、各者入り乱れての駆け引きが繰り広げられており、未だにその落としどころは全く不明な状況です。

終わりに

極めてマニアックな記事に最後までお付き合いいただきありがとうございます。

「実質再エネ電力」をめぐる欧米での大論争は対岸の火事ではありません。改訂がなされる2027年はまだ先ですし、実際の施行となるとまだ5年先の話です。

また、経過措置や、グランドファーザー条項などの現実的な落としどころを探る方向性も示されています。

開示義務が課されることとなった企業のサステナブル担当の皆様におかれては、引き続きGHGプロトコル改定に注目いただければと存じます。

当社では、独自の視点と情報ソースからその行く末を分析しており、随時、情報発信をしてまいります。