【解説】SBTiに盛り込まれるScope2アワリーマッチング

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はじめに

企業の脱炭素目標設定において、SBTi(Science Based Targets initiative)は「任意のガイドライン」という位置づけを超えた重要な影響力をもっています。

SBTiは、企業が掲げる削減目標がパリ協定の水準と整合しているかを審査・承認する枠組みであり、投資家評価や顧客要請、サプライチェーン要請の現場では、事実上「グローバルな準ルール」として扱われる場面が増えています。

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このドラフト文書では、購入電力にかかわる排出量の算定(Scope 2)について、従来の年間マッチング中心の世界観から、アワリーマッチングと地理整合(物理的に届けられる範囲=deliverability)を重視する世界観へ、明確に舵を切っていることがわかります。

さらに、その変更がGHGプロトコルScope 2改定の議論と連動している点も注目されます。GHGプロトコル側も、時間整合・deliverabilityを中核論点としてまさに今公開協議を進めているところ (GHGプロトコル)で、両者はある意味で相互にリンクしていると言えます。

そこで、今回は、(1)アワリーマッチング、(2)地理整合、(3)エグゼクティブサマリーの「北極星(north star)」としての位置づけ、の順に、ドラフト本文の「どのページに、どのように書かれているか」を押さえたうえで、企業実務者が準備しておくべき点を解説します。

アワリーマッチングは、どのように記載されているのか?

最初に確認したいのは、「SBTiは本当にScope 2にアワリーマッチングを持ち込もうとしているのか」という点です。これについては、ドラフト本文に明確に示されています。

まず、ドラフトの本文27ページ(章3.3 Scope 2 targets)に置かれているBox 2 “Ongoing revisions to the Greenhouse Gas Protocol and their impact on scope 2 targets in CNZS V2.0”で、SBTiは次の方向性をはっきり述べています。

ここでは、このドラフトがScope 2の基準に「physical deliverability(物理的デリバラビリティ)」「hourly matching(時間整合)」「発電設備の年限(commissioning / re-powering date limit)」を含む規定を導入していること、そしてそれらが年次マッチング中心の現行慣行よりも系統脱炭素へのインパクトが大きいことを示す研究を踏まえていることが説明されています(本文27ページ)。

この記述は、単なる将来の検討事項というより、「設計思想として採用済み」であることを宣言している位置づけです。

さらに重要なのは、このBox 2が「GHGプロトコルも同様の規定を改定プロセスで検討している」ことを明示し、加えてRE100や24/7 CFE(24/7 Carbon-Free Coalition)がすでに時間整合やdeliverability、設備年限の考え方を取り込んでいることにも触れ、「最終版では可能な限りGHGプロトコルと整合させる」と書いている点です。

つまり、SBTiは“独自路線”を走るというより、国際会計ルール側の改定潮流に合わせてScope 2の要求水準を引き上げる意図を示唆しています。 (files.sciencebasedtargets.org)

さらにアワリーマッチングは理念で終わらず、条文として運用スケジュールの形で表されています。本文29〜30ページのCNZS-C16.5〜C16.6が、その心臓部です。

C16.5では、2030年より前の消費年度は年次(annual)での属性マッチングを認める一方、2030年以降はC16.6を適用すると書かれています(本文29ページ)。

続くC16.6では、時間整合(hourly matching)の段階的導入が規定されており、一定規模以上の需要家が2030年以降に時間整合比率を引き上げていく設計が示されています(本文29〜30ページ)。

企業のScope 2は、これまで「年に一度、証書を揃えれば整う」基準で算定されていましたが、SBTiドラフトは再エネ電力需給の時間毎の(アワリー)マッチングを問う方向に踏み込んでいます。

これは、証書調達の巧拙という話に見えて、実態としては「負荷と電源を時間で結びつける運用能力」が企業側に要求されるという意味です。

また参考として、SBTiが公表している関連資料(説明ガイド等)を合わせて読むと、deliverabilityや地域定義に24/7 CFEの技術基準を参照する構造がより理解しやすくなります。

必要に応じてDetailed Explanatory Guide(V2ドラフトの詳細解説)も併読すると、企業がどのように解釈されるかの手触りが掴みやすいです。

供給可能性(地理的整合性:deliverability)は、どのように記載されているのか?

次に、供給可能性(地理整合)です。日本企業の現場では、Scope 2を語るとき「非化石証書」「再エネメニュー」「PPA」などの調達手段に意識が向きがちですが、国際基準側は「その再エネは、あなたの需要と物理的に結びついているのか」を強く問い始めています。

SBTiドラフトでは、本文29ページのCNZS-C16.4 “Physical deliverability”が核心です。ここには、購入またはマッチングされる低炭素電力(または属性)が、企業の電力消費と同じ「region of physical deliverability(物理的に届けられる地域)」内で発電されたものでなければならない、という要件が明示されています(本文29ページ)。

さらに、その地域定義として24/7 Carbon-Free Coalitionの技術基準(Technical Criteria V1.0)を参照すると書かれています。

の一文が企業実務に与える影響は大変大きいといえます。

なぜなら、従来の市場ベース主張は、制度上の要件(証書の存在、償却、同一市場など)を満たすことで成立してきましたが、deliverabilityの導入は「制度の外側」にある物理条件を強く織り込みます。

極端に言えば、同じ国の証書であっても、消費地と発電地の関係が“物理的に妥当なのか”が問われる方向に近づきます。これは、単に証書を買うだけではなく、調達設計の段階で「どの地域で、どの電源と結びつくのか」を決める必要が増える、ということです。

エグゼクティブサマリーは何を“北極星”として示しているのか

このドラフトのメッセージは、条文だけでなくエグゼクティブサマリーにも明確に書かれています。本文6〜7ページのKey elements(要点整理)では、Scope 2について「地理的マッチングを要求し、時間的マッチングを“north star”として位置づける」旨が述べられ、時間的マッチングは大口需要家から段階的に導入すると説明されています(本文6〜7ページ)。 (files.sciencebasedtargets.org)

「north star」という表現が示すのは、現時点で全企業に即時フル適用しないとしても、規範として“そこに収れんしていく”方向を明言した、ということです。これは、企業の目標設定(ターゲット)と調達戦略(プロキュアメント)を、年次の帳尻合わせから、時間×場所の整合性へと徐々に移行させるシグナルになります。

企業が今から準備すべきこと

ここまでの読み解きから、企業が準備すべきことは「アワリーマッチングが理想論として語られている」ではなく、「SBTiが条文として運用移行を描いている」という事実を起点に整理する必要があります。

Scope 2の時間整合・地理整合は、SBTの要件として必須になる可能性が高く、既存のSBT認定が永続的に有効とは限らない以上、改定後の再整理を見据えた対応が必要になります。

特に2030年を運用移行の目安として、削減目標と再エネ調達戦略を“後から証書を積む”形から“最初から整合させる”形へ寄せていく設計が重要です。また、目標更新の5年サイクルと、GHGプロトコルScope 2改定の公開協議〜改定作業〜最終化のスケジュール感を同時に意識し、いつ何を更新するかを前倒しで計画しておくことが、コストとリスクを抑える鍵になります。 (GHGプロトコル)

日本企業に求められる実務対応──「データ×調達×説明可能性」

日本企業にとっての本質的な影響は、Scope 2が「証書調達の実務」から「需給と結びつけて説明する実務」へ移っていく点にあります。

したがって、対応の第一歩は、再エネメニューの比較検討より前に、自社の電力使用を時間帯別・拠点別に捉え直すことです。年次集計だけで管理していると、時間整合が求められたときに、現状との差分(どの時間帯が化石寄りか、どの拠点が調達制約を持つか)が見えず、調達戦略が“場当たり”になりやすいからです。

次に、調達戦略は「証書を確保する」から「どの地域で、どの電源と、どの時間帯に結ぶか」へ軸足を移す必要があります。

SBTiドラフトはdeliverabilityを条文化しており、消費地と無関係な属性の付け替えは、将来的に説明負荷と監査負荷が増える方向です。

オンサイト、近接エリアでの再エネ、長期契約、時間帯を意識したメニュー設計など、“実需に近い選択肢”を増やしておくほど、2030年以降の要求水準上昇に対して柔軟に動けます。

最後に、最も見落とされやすいのが「説明可能性」を先に作ることです。SBTiとGHGプロトコルの改定が進むほど、問われるのは「買いました」ではなく「あなたの主張は電力システムの現実と整合していますか」になります。投資家・顧客・監査対応を想定し、どのデータに基づき、どんな前提で、なぜその調達が時間・場所の整合性を満たすのかを、社内で一貫して語れる状態にしておくことが、最終的にはコストを下げます。

GHGプロトコル側でも、時間整合とdeliverabilityを中核論点として公開協議を進めているため、SBT対応だけでなく、開示・算定の基盤整備としても先に着手する価値があります。 (GHGプロトコル)

企業が取るべき戦略は「確定後の追随」ではなく「確定前の設計」

SBTi第2ドラフトは、Scope 2の世界観が「年次の帳尻」から「時間×場所の整合」へ移ることについてお示ししてきました。

すべてが確定したわけではありませんが、企業側の最適行動は、確定を待ってから慌てて証書やメニューを組み替えることではなく、(1)データ粒度を上げ、(2)調達をdeliverabilityと時間帯に近づけ、(3)説明可能性を整えておくことです。

そのためには、時々刻々と変化するこれら国際ルールをめぐる行く末をアップデートすることをお勧めします。

ここを先に作った企業ほど、2030年以降のルール収れん局面で「追加コストを最小化しながら、国際的に通用する主張」を組み立てやすくなります。