GHGプロトコル(Protocol)が大幅に改訂される見通しです。でも何故今なのでしょうか?何を変えようとしているのでしょうか。なぜ変えなければいけないのでしょうか。
政治・外交・経済安全保障が複雑に関係しているというのが我々の見立てですが、一番大きい理由は、再エネが大きく育ってしまったが故の課題に直面しているということです。
再エネが大きく育ってしまったが故の課題
日本では2010年代初頭から、欧米ではその5年ほど前から、再エネ電力の大幅な導入に取り組み始めました。
早期の導入拡大を図るために、再エネ電力を従来の電力と区分して優遇し、異なる扱いをしてきました。
その結果として、程度の差はあれ、欧米でも日本でも、多くの新興国でも、再エネが相当程度普及してきたのだので、もはや特別扱いはできなくなってきたということです。
物理的に言えば、小学生1年生の子供がお下がりで小学6年生の服を着ていました。最初はダボダボだったのですが、成長するにつれてパツパツになってきました。それでも、中学に上がっても無理してパッチを当ててきたのですが、高校生になったらさすがにもう着れなくなってしまい、無理をすると張り裂けてしまう。あるいは体が傷んでしまう。服は電力システムで、子供は再エネ電力です。こんな感じかもしれません。お互いにとって、ハッピーではない状況です。
別の言葉でいえば、再エネが稀少なものではなくなり、普通なものになったら特別扱いはできないといってもよいかもしれません。
再エネを普及させるために、先人の知恵である工夫をしていました。その知恵とは、「電力の電力自体の価値と、二酸化炭素を排出しない価値を含めた環境価値に切り分けて、環境価値はオフセット証書として、電力は電力として別々に取引をする」「その後、電力とオフセット証書を別々に買ってきて、これを合せて再エネ電力とする」という仕組みを発明しました。電力はCO2を吐き出す+のもので、オフセット証書はそれを取り消すーの価値かあり、+とーを合わせて排出ゼロの再エネ電気を作るというものです。
もともと電気は原則として貯められません。だから原則として、使っている時に作るしかありません。あるいは作る時にしか使えません。
であるならば、本当は、「再エネ証書」も電力を使っているのと同じ時間に作ったオフセット証書(再エネ発電でできた価値)しか組み合わせることができないとするのが理屈に合っています。
でもこの仕組みが開発されたのは1990年代でした。そこまで細かく時間ごとに証書を発行して、同じ時間に消費された電力ときちんとマッチングしたかをいちいち確認することは手間がかかりすぎたのです。まだWindows95が世に出る前の時代です。
そしてもう一つ重要なことは、その時代には、いつの時間でも圧倒的に再エネが不足していた、電源の多くは火力と原子力だったので、別に時間同時同量の縛りをかけなくても、どの時間でも稀少性は高かったので問題はなかったのです。
ところが今ではそうではなくなっています。風力やバイオマスも入ってはいますが、日本を含めて多くの国では圧倒的に再エネの中での太陽光発電の比率が高いです。
今では、昼間の時間帯の全ての電源を合わせても、主力は太陽光発電となることも普通です。そういう政策を指向した当然の結果です。
しかし、夜は相変わらず再エネが足りません。ですので、昔は問題とならなかった、再エネの時間格差が顕著になっています。その結果、夜の火力発電に、昼の太陽光発電で作ったオフセット証書を組み合わせて「実質」再エネを出すやり方では大きく2つの深刻な課題が発生しています。
第一に、蓄電池や水素などのストレージで、再エネを一旦貯めておいて夜に放出する投資が進まないことです。なぜなら、一旦昼の再エネを蓄電池に貯めて、夜に放電するお金も手間もかかることをしても、昼の太陽光発電の証書と石炭火力発電を組み合わせても評価は一緒なので、なかなか導入が進みません。
こういうと、「でも電力需給の関係で、再エネが足りない時は電気料金が上がるはずだから電気料金の値差でカバーできるのでは」という考えも出てこようかと思いますが、確かにそういうケースもあります。しかし、例えば米国テキサス州などは電気料金が青天井で電力需給格差による電気料金単価の値差でカバーされやすいのですが、日本では取引単価に上限があるので値差ではカバーできないことが多いです。また深夜時間帯などは需要も極端に減ることがあって、その場合は火力発電の価格も安くなってしまうこともあります。蓄電池投資コストや3割と言われる充放電ロスをカバーする事は容易ではありません。
第二に、昼に余ってしまう発電を制御しようとするインセンティブが働きにくいということもあります。例えばFIT制度では、需給に関わらず固定価格で電力を売ることができます。その結果みんなで作って、余ってしまうので順番に制限するという出力制限が発生します。
この場合、再エネは火力に比べて、燃料代がないので限界費用は安く、また電気の価値はゼロ円近くでも環境価値は夜に発電する価値と等しく評価されるので、再エネは火力に比べて、昼に需要に合わせて供給を制御するインセンティブが働きにくいことがあります。
ネガティヴプライスと言って、発電すると料金を払わなければいけない仕組み議論されているが、再エネ価値が載せてある分析火力よりは優位なので先に止まるのは火力で、そうすると火力の稼働率が下がり、ただでさえ悪者とされている中で火力の新規投資が働かなくなります。
火力を全て廃止して蓄電池+再エネで乗り切るのが理想かもしれませんが、先ほどの理由で蓄電池投資も進みません。
火力は嫌われ者なのに、残さざる負えず、再エネも制限して、蓄電池は入らないという3すくみ状態で、中途半端なステージで停滞し、稼働率が低いので電気料金は増高していきます。
結果、容量市場や調整力市場という電力量取引の市場原理の外側で対処され、そのコストが全ての電源に等しく転嫁されるので再エネ電源の需要に合わせる矯正のインセンティブは弱まってしまいます。
同じことは地理的にも言えます。例えば九州での再エネ価値を東京の火力に合わせて再エネ価値を名乗るのは好ましくありません。
九州の方が条件が良く立地コストが東京都心部よりも安いのですが、東京の再エネ証書にプレミアムが乗らないので、東京で再エネ投資をするインセンティブが働かない一方で、九州では地元の再エネニーズ以上に過剰に発電され、結果強制的な出力停止が頻発しています。
例えば相対的に再エネ立地コストが高い全て重油火力の島の電気を相対的に安い再エネの島の証書でオフセットするのはどう考えても理屈に合いません。しかし昔は再エネメインの島などなかったから実害はなかったが今は違います。九州などは本州と線で繋がっているとはいえその傾向があるとも言えます。
実害もなくコストも高かった。でも実害が発生しています。
幸か不幸か、その一方でコストはGXで劇的に下がっています。そして、そこに目を付けているのがGoogleやMicrosoftです。彼らはオフセット証書のデジタル化の旗振り役です。
今の技術を持ってすれば、ここで原点に返って「ある場所(送配電網;例えば東京電力管内)で時間帯(例えば1時間毎)の再エネ発電で生成された環境証書は、同じ日の同じ時間の同じ場所(’送電網)の電力消費のオフセットにのみ有効とする。」あるいは、逆に言えば、「ある時間の電力消費のCO2排出をなかったことにするには、同じ送電網の同じ時間帯の環境証書でしかオフセットできない」とするルールに替えることはそれほど難しいことではありません。これをHourlyMatchingと言います。この程度のマッチングは、Uberのドライバーと乗客を、あるいはUberEatsのデリバリーの運転者と消費者をマッチングすることに比べたらはるかに容易でしょう。
これがロケーション基準からマーケット基準への重心の変化、アワリーマッチング、地理的一致、証書の見直しの背景です。
当社は以前からこの手法を提唱し、独自の特許技術を開発して政府の実証事業を進めてきました。