欧米も同じ問題を抱えるが、解決の方向は異なる
前編では、日本の容量市場を起点に、4年前の一括調達、kW・kWh・ΔkW市場の分断、インフレ、系統投資、信用管理など、電力システム改革の根源的な課題を整理しました。(本稿作成には一部AIを用いています。)
実は、欧米も日本とほぼ同じ問題を抱えおり、以下の方向性が見直しの議論が続いています。
- EUは「加盟国ごとの制度を残しつつ、共通ルールで束ねる」
- 英国は「市場価格よりも、長期・空間計画で電源と系統を整合させる」
- 米国は「短期運用は地点別価格で精密に市場化し、長期投資は州政策・規制料金・相対契約に委ねる」
欧米でも、容量市場だけで10~30年の設備投資を促すことには限界があるとの認識が強まっています。
【図表1 EU・英国・米国の電力市場比較】
EU――統合市場だが、制度は加盟国ごとに異なる
EUには単一の容量市場があるわけではありません。フランス、イタリア、ポーランドなどは異なる形式の容量メカニズムを持つ一方、容量市場を持たない国や戦略的予備力を採用する国もあります。
EU規則では、容量メカニズムは通常の市場改革で解消できない「残余的な供給力不足」に限って導入する建前です。ENTSO-Eの欧州資源充足度評価(ERAA)で、再エネ、需要側柔軟性、国際連系線を考慮して必要性を検証し、そのうえで欧州委員会が国家補助規則との整合性を審査します。欧州委員会の容量メカニズム制度
短期市場の統合度は高く、前日・当日市場は国境を越えて市場結合されています。前日市場は2025年9月30日、1時間単位から15分単位へ移行しました。ただし、価格は原則としてゾーン単位です。ドイツのような大きな価格ゾーン内で南北混雑が発生すると、市場価格には十分反映されず、後から再給電で処理されます。
EUの系統混雑管理費は2023年に42億ユーロ、混雑に伴う再エネ出力抑制は12TWhを超えました。ACERは、送電容量の増強だけでなく、構造的な混雑に沿った入札ゾーンの見直し、TSO間の協調、利用可能な国際連系線容量の拡大を求めています。ACERの系統混雑分析
EUの長期投資対策――容量市場とは別の価格シグナルを用意
EUは、容量市場を再エネや原子力など資本集約型電源の主な投資回収手段とは位置づけていません。2024年の電力市場改革では、新規の風力、太陽光、水力、地熱などに対する公的支援を原則として2方向CfDとし、民間PPAも拡大する方針を示しました。低価格時には最低収入を保証し、高価格時には超過収入を返還させる仕組みです。EU電力市場改革
さらに加盟国へ柔軟性ニーズの定量評価を求め、容量市場に蓄電池・DRを参加させるか、別の「非化石柔軟性支援制度」を設ける方向です。容量価値、脱炭素価値、柔軟性価値を一つの商品へ無理に統合せず、別商品として整合させようとしています。
ただし制度は非常に複雑です。前日、当日、調整、容量、排出量取引、原産地保証、CfD、PPAが重なり、国ごとに容量制度も異なります。ACERの2025年報告でも、先渡し市場の流動性は3年超にはほとんど伸びず、長期投資を支える価格指標としてなお不十分だと指摘されています。ACERの2025年市場統合報告
EUの系統投資――「需要が来てから造る」方式を修正
欧州委員会は2040年までに、配電網7300億ユーロ、送電網4770億ユーロの投資が必要と試算しています。そのため、接続申請が確定してから増強するのではなく、複数の需要・電源シナリオを基に先行投資を認める方向へ転換しています。
2025年の指針は、設計・許認可と建設を分ける2段階承認、将来利用率が予測を下回っても承認済み報酬を遡及して否定しない制度、計画中の系統容量を反映した接続料金などを提案しました。同時に、規制当局へ十分な技術・金融人材を配置する必要性も明記しています。欧州委員会の先行系統投資指針
これは、日本で指摘されている「規制当局が個別設備を査定するだけでは最適化できない」という問題への、かなり直接的な回答です。ただしEUでも、送電線、蓄電池、DR、配電投資を常に同じ競争調達で比較できているわけではありません。
英国――日本以上に地域価格が粗い
英国本土は、スコットランドからイングランド南部まで基本的に一つの卸価格です。このため、スコットランドで風力が余り、南部へ送れない場合でも卸価格には混雑が直接反映されず、NESOが風力を抑制し、別の地域のガス火力を増発させます。
2024年度には、熱容量制約への直接対応費が13.4億ポンドに達し、風力の出力抑制への支払いが3.7億ポンド、代替するガス火力の増発費が9.1億ポンドでした。追加対策がなければ、2030年度ごろに年間約70億ポンドまで増える可能性があります。英国のReformed National Pricing計画
英国政府はゾーン制への移行も検討しましたが、2025年7月に見送りました。地点価格を正確にする便益より、既存CfDや融資契約の再設計、投資家の予見可能性低下、資本コスト上昇のリスクを重く見たためです。「精密な価格」と「長期投資の安定性」が両立しない場合があることを示しています。英国政府の全国単一価格維持決定
英国の解決策――市場よりも空間計画を強める
英国は全国単一価格を維持する代わりに、2026年4月にReformed National Pricingの実施計画を具体化しました。中心となるのは、2030~2050年の電源・蓄電池立地を示すStrategic Spatial Energy Plan、それに対応するCentralised Strategic Network Plan、立地を誘導する送電料金TNUoSと接続制度の改革、混雑地点における蓄電池・需要調整、ダイナミック・ライン・レーティングなどの組み合わせです。
英国政府は、電源と系統を適切な場所・時期に配置することで、2030~2050年に現在価値で100億~200億ポンドの便益が生じる可能性を示しています。ただし、地点別料金を精密にしすぎれば予測困難になり、投資家の資本コストが上昇するというトレードオフも明記しています。
配電規制については、Ofgemが2028~2033年のED3に「Build and Flex」を導入します。ネットワーク会社がスマート制御、柔軟性、需要調整などで既存設備を最大限利用したことを確認したうえで、物理的な増強を承認する考え方です。OfgemのBuild and Flex方針
これは「送電線を造れば規制収入を得られるが、蓄電池で増強を回避しても便益を得にくい」という資本投資偏重を修正する試みです。
英国の容量市場――長期契約はあるが万能ではない
英国容量市場は4年前のT-4と1年前のT-1を組み合わせています。新設設備は最長15年、一定の低炭素設備は9年、大規模改修は3年、既設設備は原則1年の契約です。2026年の入札パラメーターでは、複数年契約の投資基準額もインフレに合わせて調整されました。2026年容量市場パラメーター
それでも、再エネ投資はCfD、供給力は容量市場、短期調整はバランシング市場という分業です。無対策ガス火力を安定供給のため残しながら、長期的には長時間蓄電、水素発電、CCUSなどへ移行させる設計ですが、移行速度と費用負担はなお確定していません。
米国:一つの「米国市場」は存在しない
米国では、電力需要の約3分の2がRTO・ISO地域にありますが、南東部や西部の一部には、垂直統合電力会社が規制料金で投資する従来型地域も残っています。FERCの米国電力市場概説
さらに、PJM、NYISO、ISO-NEは容量市場を持ち、MISOは季節別資源充足オークション、CAISOは州のResource Adequacy義務、ERCOTは前方容量市場を持たないエネルギー・オンリー市場を採用しています。国全体では日本より複雑ですが、単一のRTO内部の短期運用に限れば、日本より統合的です。
米国の強み:地点別・5分別に物理制約を価格化
米国RTO・ISOは、多数のノードごとに送電損失と混雑を反映したLMPを計算し、実時間市場では通常5分単位で発電を指令します。エネルギーと調整力を同時最適化するため、「広域では安いが必要地点まで送れない」という問題が価格差として表れます。
ERCOTも2025年12月、蓄電池の充電状態を含め、エネルギーとアンシラリーサービスを実時間で同時最適化するRTC+Bを稼働させました。ERCOTのRTC+B
この点は日本が最も参考にできる部分です。ただしノーダル価格は、運用時点の効率性を高める制度であって、10~30年の電源・送電投資を自動的に保証するものではありません。
米国の容量市場も長期投資を解決していない
PJMの2028~2029年度容量オークションでは、価格が上限の325ドル/MW・日に達し、落札総額は164億ドルとなりました。それでも調達量は信頼度要件を6831MW下回りました。PJMの2028~2029年度容量市場結果
これは、容量価格を引き上げても、ガスタービンの供給制約、許認可、燃料パイプライン、系統接続待ち、データセンター需要の急増によって、短期間には電源が増えないことを示しています。価格シグナルは必要条件ですが、設備供給と制度的な実行能力を代替できません。
一方、ISOニューイングランドは、3年前の容量オークションから、2028年に実需給直前の「Prompt Market」と季節別市場へ移行します。需要予測と電源性能を直前情報で評価するためです。ISO-NEの容量市場改革
これは長期化とは逆方向です。長期投資は州政府の再エネ契約、PPA、規制電力会社の投資、税制支援などに任せ、容量市場は実需給時点の供給信頼度評価へ特化させようとしています。
米国の系統計画――20年計画へ移行するが分断は残る
FERCのOrder 1920は、RTO・送電事業者に対し、最低20年、3シナリオ以上の長期地域系統計画を策定し、少なくとも5年ごとに更新することを求めました。燃料費、電源退出、蓄電池、電化、接続申請などを織り込み、便益に応じて費用を配分します。FERC Order 1920の解説
また、送電線新設だけでなく、ダイナミック・ライン・レーティング、高性能電線、電力潮流制御、系統切替も比較対象に含めました。ただし、蓄電池やDRを送電線と同条件で競わせる仕組みは全国一律ではありません。州規制当局、RTO、送電会社、連邦政府の権限が分かれ、費用配分と立地許可が依然として最大の障害です。
FERC Order 841と2222により、蓄電池や分散型電源の集合体が容量、電力量、調整力市場へ参加できる制度も整備されました。ただし実装時期と参加条件はRTOごとに異なります。FERC Order 2222
欧米市場は複雑だが、複雑さの種類が違う
EUは、国・EU・TSO・取引所・規制当局が重なるため、制度的には日本以上に複雑です。ただし、市場結合、共通ネットワークコード、共通需給評価によって国境を越えた整合を図っています。
英国はNESOが、運用だけでなく電源・蓄電池の空間計画と長期系統計画を担うため、投資計画の責任主体は比較的明確です。一方、全国単一価格を維持したことで、地点別の運用シグナルは弱いままです。
米国は国全体では最も複雑ですが、RTO内部ではノーダル価格、5分市場、エネルギー・調整力の同時最適化、担保・精算制度が整っています。短期の物理運用は最も市場化されていますが、長期の電源構成と系統投資は州・連邦・RTOに分断されています。
【図表2 欧米が目指す電力市場再設計と日本への示唆】
容量市場は「不足分を補う制度」へ
総じて欧米が向かっているのは、「容量市場を拡大すればすべて解決する」という方向ではありません。短期運用は精密な市場価格に任せ、長期投資はCfD、PPA、規制資産、空間計画、先行系統投資で支え、容量市場は供給信頼度の不足分を補うという役割分担です。
AI・デジタル技術により、電源、需要、系統混雑、蓄電池の充電状態、気象、燃料価格を時間別・地点別に把握し、複数シナリオを継続的に更新することが可能になりました。これに先物、証拠金、信用評価、ポートフォリオ最適化などの金融手法を組み合わせれば、複数市場を残したままでも、市場間の価格差とリスクを一体的に管理できます。
日本にとって参考になるのは、EUの共通需給評価と先行投資規律を、共通データ、時間・地域粒度、精算、信用管理の基盤上で組み合わせることです。容量市場を電力システム全体の代替物ではなく、役割を限定した一つの部品として位置づけ直すことが、需要増加とインフレの時代に必要な改革と言えるのかもしれません。