経済産業省は、2026年8月4日、第35回産業構造審議会総会を開催し、「経済産業政策の新機軸 第5次中間整理・日本成長戦略」などを審議しました。
賃金、需給ギャップ、生産能力、人手不足、国際収支を一つの流れで捉え、長く続いた需要不足への対応から、労働力と資本の供給力を高める産業政策へ軸足を移す考えを示しました。
2025年の名目GDPが過去最高の660兆円を超え、国内投資と賃上げが続く一方、成長を阻む制約が需要の弱さだけではなくなったとの認識です。(経済産業省)
会合では、6月に公表された第5次中間整理と、7月21日に決定された日本成長戦略を令和9年度の経済産業政策へどう具体化するかが焦点となりました。(経済産業省)
高い賃上げだけでは実質所得は伸びない
事務局は、足元で高水準の賃上げが続いている一方、日本の実質賃金が長期的に伸び悩んだ背景を、労働生産性だけでなく交易条件から説明しました。
企業が生産性を上げても、資源やデジタルサービスを海外から高く買い、国内で生み出した製品・サービスを十分な価格で販売できなければ、付加価値が海外へ流出します。実質賃金を持続的に上げるには、省力化だけでなく、価格転嫁、高付加価値化、輸出価格と調達条件の改善を同時に進める必要があります。(経済産業省)
人材を確保し、労働移動を促し、企業に省力化投資や事業転換を迫る「供給能力強化策」が示されされました。一方で、収益改善を伴わない防衛的な賃上げは企業体力を削るため、とりわけ中小企業では、取引適正化と価格転嫁、設備・ソフトウェア投資を組み合わせることが前提になることはいうまでもありません。(中小企業庁)
需給ギャップはプラス、労働と資本が不足
内閣府、日銀の双方の推計で需給ギャップがプラス、すなわち総需要に対して供給が不足する状態にあるとの説明がなされました。
従来の産業政策が需要喚起や雇用維持を重視したのに対し、現在は人員、設備、電力、デジタル基盤などを増強しなければ、需要があっても生産やサービス提供を拡大できない局面です。(経済産業省)
供給制約は人手不足だけではありません。長期の投資抑制によって国内の生産能力や潜在成長率が弱く、設備投資を増やそうとしても、建設、設備製造、施工・保守を担う人材の不足が投資そのものを遅らせます。
このため、AI・ロボットによる省力化、標準化、共同利用、事業再編に加え、戦略分野へ人材を移す教育・リスキリング政策が必要だと説明しました。(経済産業省)
人口減少下では、労働参加率を引き上げるだけで不足を埋め続けることは困難とまります。
政策目標も、雇用者数を守ることから、一人当たり付加価値を高めながら、製造業、エッセンシャルサービス、情報通信サービスの供給を維持する方向へ変わります。企業には採用人数だけでなく、必要工数、設備稼働率、自動化率、共同化を含む供給能力の設計が求められます。(経済産業省)
経常黒字の裏側でサービス赤字が拡大
2025年の経常収支は31兆8,799億円の黒字でしたが、その中心は海外投資から得る第一次所得収支の41兆5,903億円の黒字です。
貿易・サービス収支は4兆2,415億円の赤字で、サービス収支だけでも3兆3,928億円の赤字でした。日本は海外資産から大きな所得を得る一方、国内の生産・輸出力やサービス競争力が同じ強さで黒字を生んでいるわけではないという構造です。(財務省)
特に問題視されているのが、クラウド、ソフトウェア、広告、プラットフォーム、知的財産などに伴うデジタル赤字です。
海外サービスの利用を抑えるだけでは企業のDXを妨げるため、論点は国内に計算資源、データ基盤、ソフトウェア企業を育て、海外市場から収入を得る側へ回れるかにあります。経済産業省のデジタル経済レポートは、現状の延長では2035年にデジタル赤字が約18兆円へ拡大するシナリオも示しており、AI時代の産業基盤整備は国際収支政策でもあります。(経済産業省)
経済産業政策は供給力・付加価値・外需を一体化
こうした診断を踏まえ、事務局は、国内投資、イノベーション、所得向上を別々に扱わず、「投資が供給能力と付加価値を高め、賃金と消費を押し上げ、次の投資につながる」循環を政策の中心に据えました。
将来需要が見込め、安全保障上も重要で、民間だけでは投資リスクを負い切れない領域に、官民で危機管理投資と成長投資を行う考えです。(経済産業省)
第5次中間整理は、2040年の産業構造を支える「製造業X」「エッセンシャルサービス」「情報通信サービス」の三類型と、これまでの8ミッション・4つの社会基盤の枠組みを継続しました。
その上で、AIを中心に産業・就業構造を変えるAX、デジタル産業基盤を含む立地競争力、「責任ある積極財政」、新技術の事業化、グローバル市場獲得、経済安全保障を一体で進める方向を提示しました。(経済産業省)
日本成長戦略は17分野、5類型の「勝ち筋」
日本成長戦略は、AI・半導体、デジタル・サイバーセキュリティ、量子、ロボティクス、バイオ、創薬、航空・宇宙、造船、コンテンツ、エネルギーなど17の戦略分野を設定し、62の主要製品・技術について官民投資ロードマップを整備しました。
分野を並べるだけではなく、市場規模、収益構造、競争優位の源泉を踏まえ、どこで付加価値を確保するかを明確にする設計です。(内閣官房)
資料1は、その勝ち方を、規模で競争する「グローバルスケーラー型」、特定領域で首位を取る「領域トップ型」、重要な機能層を押さえる「レイヤーマスター型」、ソフトウェアやデータを基盤とする「デジタル産業型」、資源・エネルギーの安定供給と収益を組み合わせる「資源・エネルギー型」の5類型に整理しました。企業ごとに、量産能力、知的財産、標準、顧客接点、データ、資源権益のどこを競争力の核とするかを問い直す枠組みです。(経済産業省)
国内外のアセットを「海外の富」と強靱性に転換
アセット活用戦略では、国内の製造拠点、技術、人材、データ、顧客基盤だけでなく、企業が海外で蓄積した権益、現地拠点、販売網、企業関係、プロジェクトマネジメントのノウハウも政策資源として捉えます。
海外展開を国内の空洞化と一律にみなすのではなく、海外の需要と収益を獲得し、その利益、技術、データを国内の研究開発や生産能力へ還流させる「内外一体」の戦略です。(経済産業省)
同時に、海外アセットは供給網の冗長性を高めます。同志国やグローバルサウスとの連携を深め、調達先、生産地、販売市場を複線化すれば、資源・エネルギー、重要鉱物、半導体、医薬品などの途絶リスクを抑えられます。
国内回帰か海外展開かの二者択一ではなく、国内の中核能力を維持しつつ海外資産を活用することが、日本成長戦略の骨格になります。(経済産業省)
出典