はじめに
容量市場をめぐっては近年、落札価格の変動、既設電源の退出、新設電源の建設遅延、脱炭素との整合などを背景に、制度の見直し作業が続いています。
資源エネルギー庁の電力安定供給ワーキンググループでも、中長期の供給力をどのように確保し、その費用を誰が負担するのかが改めて議論されました。
もちろん、噴出する想定外の課題に緊急避難的に対応することは重要です。しかし、問題は容量市場という一つの制度だけにとどまりません。
需要予測、電源投資、系統整備、蓄電池・DR、卸取引、信用管理、脱炭素政策が相互に連動しないまま、個別の市場と規制によって管理されていることに、より根源的な課題があります。
そこで、本稿では容量市場を起点として、需要増加とインフレが進む時代に必要となる、電力システム改革のグランドデザインを考えるための論点を整理します。
需要安定期から予測困難な時代へ
自由化以降の日本の電力市場は、需要が比較的安定し、既存設備の効率的な運用が主要課題だった時代を前提に整備されてきました。しかし現在は、データセンターや半導体工場、産業・運輸部門の電化によって、需要の規模だけでなく、発生する地域や時期も予測しにくくなっています。
2026年度の需要想定では、データセンターと半導体工場の新増設による最大需要電力の上振れが、2030年度に約420万kW、2035年度には約762万kWと見込まれています。ただし、すべての計画が予定通り稼働するとは限りません。供給側と需要側の双方が複数のシナリオを持つことが前提となります。
4年前の一括調達が抱える時間軸の限界
容量市場は、原則として実需給年度の4年前に必要な供給力を一括して確保します。この方式は既存電源の維持や休廃止を判断するうえでは一定の価格シグナルになりますが、建設から費用回収まで10~30年を要する大規模電源・送電網投資の判断材料としては時間軸が短すぎます。長期脱炭素オークションでも十分カバーできているとはいえないでしょう。
一方で、4年はそれなりに長い期間です。オークション後に需要が上振れしたり、電源の運転開始が遅れたりすれば、実需給時点の供給力は不足します。反対に需要を過大に見積もれば、過剰な容量拠出金を需要家が負担します。1年前の追加オークションもありますが、既に電源が廃止されていれば、価格を引き上げても新たな供給力は短期間には生まれません。
売り手も買い手も数量を確定できない
中長期市場では、売り手は数年後に供給できる量を確約し、買い手は将来必要となる購入量を決めなければなりません。しかし、発電所の故障、燃料価格、再エネ出力、需要家の新増設や撤退を考えれば、双方とも確定的な数量を提示することは困難です。市場参加には一定のリスクを取らなければなりません。
さらに、中長期契約と実需給時点の現物調達のどちらが有利になるかも分かりません。売り手は価格上昇による機会損失を、容量市場では直接関係はないですが、買い手は価格下落や需要減少を警戒します。その結果、参加を見送る事業者が増え、市場の厚みが生まれず、価格指標としての信頼性も高まらないという循環に陥ります。
分断されたkW・kWh・ΔkW市場
電力には、供給能力を示すkW、実際の電力量であるkWh、需給変動への対応力を示すΔkWがあります。これらが容量市場、卸電力市場、需給調整市場などで別々に取引され、さらに非化石価値、先渡し、先物取引が重なっています。
同じ発電所や蓄電池でも、どの市場へ、いつ、どれだけ入札するかによって収益が変わります。
最適化にはデリバティブ、ポートフォリオ管理、証拠金管理などの金融的知見が必要ですが、電力事業者の体制は必ずしも十分ではありません。一方、高度なデリバティブなどの知見を備えた金融機関やマーケットメーカーの参加には制約があり、市場ごとに流動性が分散しています。
インフレが投資リスクを増幅する
マクロ経済の変調にも留意が必要です。これまでのデフレ経済の時代には、4年後の価格シグナルでも既存設備の維持や改修を判断しやすい環境がありました。
しかしインフレ経済の下では、新規電源建設に価格シグナルを与えなければいけません。もはや旧一般電気事業者やJERA、Jパワーなども株主責任を負うので、しっかりとFIRRやWACCを算定して、そしてコンティンジェンシープランを用意する必要があります。
さらに発電所事業投資を巡る環境は悪化しています。資材費、人件費、金利、為替、燃料費が変動し、落札時の事業費を数年間維持することが難しくなっています。これは電力投資に限らず、インフラや不動産開発全般に言えます。
一方で、足元では半導体関連株が急落しています。急速に立ち上がったデータセンター関連の電力需要が思ったほどではない可能性も投資にあたっては考慮する必要があります。
容量市場メカニズムの多くは、欧米を含め、程度の差はあっても低インフレと比較的安定した需要を背景に制度化されました。インフレ時代には、固定価格で長期責任を負わせるだけでは、入札価格へのリスクプレミアム、落札後の採算悪化、建設中止を招きます。物価連動や建設費調整をどこまで認めるかが重要になります。
再エネの安定供給価値と脱炭素価値の一体的評価
太陽光や風力は、設備容量が大きくても必要な時間に発電できるとは限らず、容量価値では火力や蓄電池より不利となります。一方、燃料費と運転時のCO2排出を抑制する価値があり、kWだけでは社会的便益を評価できません。
ただし、脱炭素価値を重視しても、必要な時間と地域に供給できるとは限りません。容量価値、電力量価値、調整価値、環境価値は区別しつつ、共通のデータと精算ルールで評価する必要があります。
石炭・石油・LNG火力に送られる相反する政策シグナル
火力発電には、脱炭素のため退出を促す政策と、安定供給のため既設設備の維持や新設を求める政策が同時に示されています。石炭、石油、LNGをいつまで、どの地域で、どの程度利用するのかが明確でなければ、事業者は延命、リプレース、廃止のいずれも選びにくくなります。
LNG・石油・石炭火力に対する政府の判断がはっきりしなければ民間企業は投資判断ができません。
再エネを補完する移行期の調整電源とするのか、将来の座礁資産として新設を抑えるのかは、投資判断を左右します。政策が曖昧なまま容量確保を市場へ委ねれば、必要な電源が建設されない一方、高コストで老朽火力を延命する結果にもなり得ます。
そもそも、再エネ導入は最終的なゴールではないと考えることもできます。
最終的な目標は地球温暖化の抑止であり、温室効果ガスの削減です。その定量的評価(例えばCO2高排出火力から低排出火力への置き換え価値の定量分析)を前提として、毎年・時間毎・地域毎のロードマップを描くことはそれほど難しいことではありません。
それをなくして、やみくもに再エネ目標だけを最終目標にかかげて行動を起こすのは十分な科学的アプローチではないという考え方もあり得ます。
時間・地域粒度が物理制約を捉えない
さらに広い市場区域で売買が成立しても、連系線や地域内系統が混雑すれば、必要な場所まで電気を送れません。全国合計で供給力が足りていても、データセンターなどが特定地域に集中すれば、局地的な需給不足が発生します。
同様に、30分単位で需給が一致しても、その時間内の急激な変動を吸収できなければ、実運用では調整力が不足します。地点別・時間別の制約を価格に反映しない市場では、「取引上は確保済みだが、実際には送れない、貯められない、発動できない」というミスマッチが残ります。
電源・系統・調整力の投資分断
系統混雑への対応には、送電線増強だけでなく、蓄電池、揚水、DR、再給電、需要家の立地誘導などがあります。例えば送電線に100億円を投じるより、混雑地点への蓄電池設置が安価な場合もあり得ます。本来は、これらを同じ費用便益基準で比較すべきです。
しかし、送電線は一般送配電事業者、蓄電池は独立系事業者、DRはアグリゲーターというように、投資主体と費用回収制度が分かれています。送配電投資は規制料金で回収されるため、設備投資額ではなく総システム費用を最小化するインセンティブが十分に働くとは限りません。規制当局が技術、金融、市場運用を横断して最適解を査定することにも実務上の限界があります。
信用リスクとガバナンスの空白
4年後、あるいは10年後の取引では、契約事業者が実需給時点まで存続する保証はありません。経営悪化、撤退、倒産、建設中止に加え、ペナルティーより不履行の経済合理性が高ければ、戦略的な契約放棄も起こり得ます。
従来の電力業界は、旧一般電気事業者を中心とする供給責任や行政との継続的関係によって、明文化されていない部分を補ってきました。しかし外資、ファンド、需要家、蓄電池事業者などが参加する市場では、暗黙の了解は信用管理になりません。保証金、証拠金、格付け、清算機能、変更手続きと責任分担を透明に定める必要があります。
複数市場を束ねる共通基盤へ
問題は、市場が複数存在すること自体ではありません。各市場の時間軸、地域単位、価格関係、担保、精算、信用管理が統一的に設計されていないことです。先物市場・脱炭素価値取引も含めれば、所管もエネ庁電力ガス事業部・省エネ新エネ部、本省、金融庁、環境省と多岐にわたります。頻繁なルール変更も予見可能性を損ない、売り手と買い手の双方に余分なリスクプレミアムを発生させます。
今後は複数の需要シナリオとそのボラティリティリスクを定量的に予測して、10年前、4年前、1年前、直前へと需要予測を更新するローリング型調達が求められてくるでしょう。
併せて、地点別・時間別価格、民間先物市場への参加拡大、ノンワイヤー・オルタナティブの競争調達、信用リスク管理を整備すべきです。電源、系統、蓄電池、DRを共通の長期シナリオで比較し、「線を造る、電源を置く、貯める、需要を動かす」の最適な組み合わせを選ぶことが、インフレ・需要変動時代の制度設計の中心になるでしょう。
結語
もっとも、市場や制度が複雑化したことは、必ずしも制御不能になったことを意味しません。
AI・デジタル技術の進展により、電源、需要、系統混雑、蓄電池の充電状態、燃料価格、気象などのデータを時間別・地点別に収集し、複数の需要・供給シナリオを継続的に更新することが可能になっています。
これに先物、オプション、保証金、証拠金、信用評価、ポートフォリオ最適化などの金融手法を組み合わせれば、kW、kWh、ΔkW、環境価値を別々に取引しながらも、市場間の価格差とリスクを一体的に管理できます。
求められるのは、すべてを一つの市場へ統合することではなく、共通のデータ、時間・地域粒度、精算基盤、信用管理の上で、複数の市場メカニズムを連動させることです。
続編では、同様の課題に直面するEU、英国、米国が、容量市場、地点別価格、CfD、長期系統計画、蓄電池・DRをどのように組み合わせようとしているのかを整理し、日本の制度改革への示唆を検討します。