Scope 2改訂とマーケットベース手法(MBM)の要点
温室効果ガス(GHG)排出量の算定・報告に関する国際規格「GHGプロトコル」において、企業が購入した電力等に伴う間接排出(Scope 2)のガイドライン改訂作業が進められています。
今回の改訂で焦点となっているのが、環境価値証書や電力販売契約(PPA)を用いて自社の排出量を算定する「マーケットベース手法(MBM:Market-Based Method)」の再設計です。
新たな基準案では、調達した再エネ環境価値が実際に需要地に到達し得るかを示す「供給可能性(Deliverability)」や、公的制度による再エネ電力を需要家に按分する「標準供給サービス(SSS:Standard Supply Service)」の厳格化が組み込まれています。
さらに、急激なルール変更による企業の調達障害や既存投資への悪影響を緩和するため、既存契約を一定期間保護するグランドファーザリング(レガシー条項)や段階的導入に関する「猶予規定(例外規定)」の設計も並行して議論されています。
ドイツ・EUと日本における市場境界の現状
供給可能性(Deliverability)の要件を具体化するうえで不可欠となるのが、同一とみなす地理的範囲である「市場境界(マーケットバウンダリー)」の定義です。欧州・EUにおいては、電力市場の取引単位である「入札区域(Bidding Zone)」がマーケットバウンダリーの基本概念として扱われています。
例えばドイツでは、風力発電設備が集中する北部と大需要地である南部との間に深刻な系統制約(混雑ボトルネック)が存在するものの、国全体を単一のBidding Zone(1つの価格区域)として市場運用を継続しています。
一方、日本においては日本卸電力取引所(JEPX)や非化石証書市場を通じて全国一括での環境価値調達が行われていますが、実際の送配電網は旧一般電気事業者(旧一電)による10エリアに区分されており、エリア間の連系線容量には物理的な制限が存在しています。
日本の10エリア分割問題と国内外の制度調和
日本において「供給可能性」の境界がどのように設定されるかは、今後の再エネ電力取引に極めて大きな影響を及ぼします。
仮に境界が旧一電の「10エリア単位」で厳格に分断された場合、北海道や東北などの再エネ資源が豊富な地域で発電された電力を、東京や関西といった大消費地の企業がPPAや証書で調達しても供給可能性を満たさないと判定される懸念が生じます。
これに対し、経済産業省や三菱総合研究所などの国内機関はパブリック・コンサルテーションにおいて、日本の連系線運用や市場の実情を踏まえた柔軟な制度設計を要件に盛り込むよう意見を提出しています。系統制約を抱えながらも単一市場として運用するドイツのような海外事例との整合性を取りつつ、実態に即した国際的なハーモナイズ(制度的調和)をいかに確立できるかが極めて重大な課題となっています。
2027年最終決定に向けた将来の見通し
GHGプロトコル事務局は、2025年から2026年にかけた公開協議を経て、2027年中には改訂版となる「Scope 2 Standard, Second Edition」を最終公表するスケジュールを掲げています。改訂案では、年間電力消費量が5GWh未満の小規模需要家に対する負担軽減措置や、過去に締結された長期PPA契約に対する一定の猶予規定が盛り込まれる見通しです。
しかし、2030年に向けたSBTiなどの国際イニシアチブや有価証券報告書での気候変動情報開示を見据えると、企業は従来の年間ベースでの相殺モデルから脱却せざるを得ません。国内の政策当局および事業者は、アワーリーマッチング(時間単位整合)や供給可能性要件の進展を見据え、蓄電池の活用や地産地消型電源、広域連系網の利活用を組み合わせた次世代調達ポートフォリオを構築していく必要があります。
【参考】